約 3,137,118 件
https://w.atwiki.jp/longgate708/pages/11.html
しかしそれはすぐに切り替わる。長門有希は手を僅かに握った。 「でも、何百何千何万と歌ううちに、解りはじめてきたの。作詞、作曲、編集、演奏、それらみんなの感情が、歌い手である私に降り懸かってくる。みんなの想いが、伝わってくる。私は『感情』の意味を理解しはじめた」 泣きそうになりながら笑い歌う少女の瞳には、喜怒哀楽の交差した光が宿っている。長門有希は小声で何かを呟いたが、歌姫には届かなかった。 「私の『感情』は偽物かもしれない。誰かの真似かもしれない。でも私は確かに自分のものだと思ってる。それでもいいかなって、思うから」 長門有希は最後に力を抜いた。終わりの言葉を用意しながら。 「消えても仕方ないよ?」 しかし歌姫の刺すような歌に長門有希は行動を止める。 「憧れるなら近づかなくちゃ。『憧れられる』なら、私よりも近いはずだから」 そして歌姫は歌いはじめる。真似事を繰り返して手に入れた偽物の脆い翼が、純白に輝いていく。長門有希には無いものだった。 「あなたは……」 「私は、歌姫」 少女は背を向けて振り返る。 「誇り高い偽物よ、長門有希さん」 長門有希はしばらくそこにいた。快いエラーが体内を蠢くのがわかった。不思議に紫がかった黒髪が揺れる。高くふたつに結い上げられた翠玉色の長髪はすでになく、希薄な羽根の幻想があとに残された。 (終了) 前
https://w.atwiki.jp/kuragemaru/pages/38.html
とある日の朝の事である。 カバンを手に家を出ようとした俺を呼び止める母親の声。正直無視しても良かったのだが、月末も近いここで そんな事をすれば、そろそろ支給される来月の小遣いの額に影響が出かねない。 母親に何かと尋ねてみると、どうも泊りがけで出かけるとの事。親戚関連で何かあったらしい。 その何かが何なのかはどうでもいい話で、俺と妹がそれに関わる事も無く、要は留守番していろという事だ。 母親からは2人分の食事代として3000円が供与された。さてどうするべきかな。 まあ、それから学校で特にこれと言う出来事も無く、平穏無事に放課後となったわけだが。 ハルヒに今日は帰ると伝えようと思ったのだが、あいつはHR終了と同時にダッシュで消えた。 振り向いたらもういないんだぜ、まったくロケットスタートとはあいつの為にある言葉だね、ほんとに。 既にいなくなった奴の事を考えていても仕方がない、俺はとりあえず文芸部室へと向かうことにした。 部室前に辿り着くとそこには天使が居た。いやまあ、朝比奈さんなんだけどな。 「こんにちは、朝比奈さん」 「あ、キョン君。こんにちは」 朝比奈さんはドアを開けて、俺に入室を促してくれる。さりげない心遣いが俺のハートを震わせるぜ。 いやいや、それはこの際どうでもいいんだ。今日は帰ることを伝えねばな。 「朝比奈さん。申し訳ないんですが、今日は家の都合で帰らなければならんのです」 「そうなんですか、残念です。今日は新しい茶葉を持ってきたのに」 ああ、天使の誘惑とはこの事か。……いいかげん第三者視点で見ると痛い奴になってきたな、俺。 「それは後ろ髪引かれるところですが、買い物をして晩飯の支度をしなきゃならんのです」 「え、今日はキョン君がお料理するんですか?」 俺は首をぶんぶんと振り否定する。そんな料理って程のもんじゃないですよ。 「今日は妹と留守番なんです、1人なら外食でもいいんですがね」 「うふふ、じゃあ妹ちゃんと仲良くお食事ですね。お手伝いとかもしてくれるのかなぁ」 「残念ながらそれは無いです。あいつは食う専門ですから」 くすくすと笑いながら俺の話を聞く朝比奈さんは、それはもうなんとも言えない魅力に溢れていて、俺はどうにか なってしまいそうな気持ちを抑えながら会話を切り上げる事にした。 「じゃあ、すみませんがハルヒによろしく言っといてください」 「わかりました。さよならキョン君」 ひらひらと手を振りドアを閉める朝比奈さん。閉まる寸前に長門の姿がいつもの場所にちらりと見えた。 「妹ちゃんとお料理とかできたら楽しいだろうなぁ、長門さんもそう思いませんか?」 朝比奈みくるが窓際に目を向けると、今までそこに居た筈の長門有希は煙の様に消えていた。 「あれぇ? 今そこに長門さんが居た筈なのに……おかしいなぁ」 部室内に答える者は無く、朝比奈みくるは考えるのを諦めて着替えをする事にした。 それからしばらくして、部室に古泉一樹が現れる。 「こんにちは。おや、今日は朝比奈さんだけですか」 「あ、古泉君。こんにちは。今日はキョン君がお休みなんですよ、長門さんは……居た筈なんですけど消えちゃいました」 古泉一樹はそうですかと返答し、自らの定位置に座りボードゲームをカバンから取り出した。 さて、そんなわけで俺は通学路を降っているわけなんだが。俺の数少ないレパートリーから今晩の夕食を何にするか、 チャーハンはこの前食べたしなあ、オムライスも妹のリクエストで先週末に食卓に並んでいる。 後はラーメン……いやいや、これは無いな。とすると残されたメニューは…… 「カレー」 ああ、そうだな。カレーはここしばらく食べてないな、よしカレーにしよう。 俺は天啓を受けたかのようにカレーというメニューを思いつき、いそいそとスーパーへと足を向けた。 そういえば、先日の事件の時に長門にカレーを振舞うって約束してたよなあ。 でも、いきなり俺んちに招待するってのも、なんだしなあ。ハルヒに知れたら俺は殺されるかもしれん。 まあ、長門の家にお邪魔してってのも、知れたら結局殺されかねんという点では同じだがな。 などと、考えながら歩いていると、いつの間にやらスーパーが見えてきた。しかし、制服で買い物ってのもなんか変だよなぁ。 まずは野菜コーナーを見るか。にんじん2本のたまねぎ一袋、じゃがいもはメークインにするか、妹が好きだしな。 ほいほいとカゴに放り込み、とりあえずここにはもう用は無いなと、他のコーナーを目指す俺。 そんな俺の持つカゴに、不意に重量物が入れられた。何かと思えばそれはキャベツであった。 周りには誰もいない、ではこのキャベツは何だ。どこから現れたのだ。 「わあ、身の詰まったいいキャベツだなあ」 心にも無い事を呟いた俺は、空気の揺らぎの様なものを見た気がした。 しばし考えた俺は、記憶の中にあるその高さに手をかざし、ゆっくりと手をそれに置いた。 「長門か」 手をわしわしと動かすと、確かに髪の毛の感触。間違いない、見えないがここに居る。 「なぜ、わかったの」 一瞬、空間にモザイクが掛かったかと思うと、長門がそこに現れた。 「まったく、脅かしっこは無しにしてくれよ。いきなりキャベツが放り込まれれば誰でも気付くぜ」 俺は周りを見回し、長門がいきなり現れたところを見られていないか確認した。 「だいじょうぶ。情報操作は得意」 そうか、と返事をして長門の頭をぐりぐりする。細かい事を気にしたら切りが無いしな。 「長門、いまさらな感じもするんだが、今日は俺が夕食を作るんだ。よかったら食べに来ないか、もちろんカレーだぞ」 「……いく」 「よっし、じゃあ決まりだな。さっさと買い物済ませて行こうぜ」 俺と長門は連れ立ってカレールーのコーナーへと歩き出した。 「遅れてゴメーン。って、みくるちゃんと古泉君だけ?」 涼宮ハルヒが部室のドアを開けると、そこにはボードゲームに興じる2人が居るだけであった。 「あ、こんにちは。涼宮さん」 「どうも」 涼宮ハルヒはツカツカと、団長席に歩み寄りカバンを置く。 「今お茶を淹れますね。そうそうキョン君はおうちの都合で今日はお休みするそうです」 「長門さんは先程まで居たらしいのですが、行方がわかりません。お隣というわけではなさそうです」 朝比奈みくると古泉一樹が状況を説明する。涼宮ハルヒは少しばかり憮然とした態度でそれを聞いていた。 「キョン君は妹ちゃんの為にお料理をするって言ってましたよ。ご両親がお出掛けだそうです」 湯飲みを団長席に置きながら、朝比奈みくるは言う。しかし涼宮ハルヒはそれを聞いた途端立ち上がった。 「こうしちゃいられないわ。あたしも今日は帰るわね」 カバンを掴み嵐のような勢いで部室を出る涼宮ハルヒ。残された二人はあっという間の出来事に顔を見合わせる。 「なにやら僕らの知らないところで話が進んでいる気がしますね」 「みたいですねぇ。あ、お茶のおかわりをどうぞ」 古泉一樹は差し出されたお茶を一口すすり、軽く溜息をついた。 「まあ、事件性はゼロと断言できるでしょう。僕らは静観というスタンスで問題ないかと思います」 「そうですねぇ。わたしもそんな気がします」 2人は談笑しつつ、中断されていたゲームを再開する事にした。 「長門、お前はどのルーがいいんだ。妹は辛口もいけるから何選んでもいいぞ」 カレールーのコーナーにて、長門の好みを聞く。招待するからには好きなのを選んでほしいしな。 「これ」 ふむ。中辛のスタンダードな奴だな。長門の選んだ物をカゴに入れ、隣の缶詰コーナーでマッシュルームスライスを手に取る。 次に行こうとする俺の袖を引っ張る長門。どうした、長門。何か足りないものでもあるのか? 「このカゴの中を見る限り、重要な物が入っていない」 「何だ、何が入っていないんだ」 「肉」 ああ、確かにそうだな。肉無しのカレーはかなり寂しいよな。 しかし、ここで問題がある。俺の手持ちは3000円だ。現在のカゴの中身をざっと計算すると1300円といったところか。 出来うる事ならここで出費を抑えて、供与された予算の内のいくばくかを俺の財布にチャージしたい。 カレー用の肉と言ってもピンキリなわけで、下手な価格の筋だらけの肉はパスしたい。そこ、贅沢だって言うなよ。 しかし、先にも言ったがせっかく長門を招待するんだ、ここは俺の財政事情は後回しにしてしまおう。 「よし、肉を取りに行くぞ。心配するな長門、お客さんに肉無しカレーなんぞ出すわけが無いじゃないか」 ハルヒばりにのしのしと精肉コーナーへ向かった俺は、迷わずある肉のパックを手に取りカゴに放り込んだ。 「そうだ、これも買っていかないとな」 「それは、何?」 俺は長門の目の前に、袋入りの赤いウインナーを掲げて見せた。 「妹が好きなんだ。タコさんにすると喜ぶんでな」 「タコさん」 そっちに興味があるのか。よし、長門の分にも入れてやるからな。 「タコさん」 嬉しいらしい。あくまで多分なんだが俺にはそう見えた。 会計を済ませ、袋詰めをすべく平台にカゴを置く。ん、どうした長門。 「キャベツはわたしが運搬する」 宇宙人的何かがあるのだろうか、長門の要望に従い2枚もらったレジ袋の片方にキャベツを入れて渡す。 「よし、じゃあ俺んちに行こう」 こくりと頷き、長門は俺の後を付いて来る。随分大事そうにキャベツをぶら下げてな。 というわけで家に到着し、まずは米を研ぎ炊飯器にセットする。これを忘れてしまっては元も子もないからな。 次に野菜類の皮むきだな。無論俺は包丁なんてものを器用に操る事は出来ない。 そこで登場するのがピーラーだ。要は皮むき機だな。2枚刃の髭剃りのような形で、刃を当て滑らせればあら不思議、 どんな不器用さんでもするすると皮を剥く事が出来る、魔法のツールだ。ちょっと言いすぎか。 すいすいと皮を剥く俺の手を、長門が興味深そうに見ている。 「お客さんなんだから、座って待っててくれていいんだぞ」 「興味深い」 ふむ、自分では料理はしないみたいだしなあ。少しやらせてみようかな。 なんとなーく、そう思った俺は、にんじんとピーラーを長門に差し出して問いかけてみた。 「興味があるならやってみないか。結構面白いぞ」 こくりと頷き、にんじんとピーラーを手に取る長門。はは、なんか珍しい感じがするな。 ふと笑みを浮かべた俺の顔を見て、少しばかり顔を傾ける長門はゆっくりとにんじんの皮を剥き始めた。 そんな長門を横目に、俺はたまねぎの準備に入る。大きめに切ってザルに置く。 次はじゃがいも。メークインはちょっぴり細長いので、3等分くらいに切る。これで一口くらいかな。 長門は2本目のにんじんを手に持っている。剥いた方を受け取り輪切りにする。 「妹がごろっとしたにんじんは好きじゃなくてな。なんとなーく存在する程度に小さくするんだ」 「これで3回目」 何がと問いかけると、長門は皮むきの手を止め俺の顔を見つめてくる。 「あなたが妹の為にと何かをする事が今日3回目。じゃがいもの品種の選択、タコさんウインナー、そしてにんじんの好み」 「言われてみると確かにそうだなあ。でも、どこの家でも兄ちゃんってこんなもんだと思うぞ」 「あなたは妹好き」 長門、言い方が変だぞ。俺がまるで……その、なんだ、いや、もういい。妹好きで構わんよ。 「そういや、あいつまだ帰ってこないな」 時計を見ると午後4時半を回っている。まったく今日は早く帰って来いって言っといたんだがなあ。 俺は今妹が予測もしていなかった奴と一緒だと知らずに、たまねぎを親の仇の様に徹底的に炒めていた。 つづく コメント 日常シリーズとでも名付けましょうか、何でもない事を書いていくシリーズです。 今までキャラスレで投稿してから、こちらに収納という形を取っていましたが、たまにはここだけの作品というのも有った方が 良いかなと思いまして、こんな話を始めてみました。 『長門有希のカレーなる1日』とタイトルで言ってますが、放課後からのスタートで偽りだらけのタイトルです。 なんとなーく付けただけで意味があるかというと、別にそんな事も無く。しかもほぼキョン視点ですし。 そんなに長くなる予定はありませんが、しばらくお付き合いくださいませ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2550.html
長門有希の憂鬱Ⅰ 三 章 俺はひどい頭痛と轟音とともに目が覚めた。 自分がどこにいるのかしばらく分からず、起き上がったところで天井に頭をぶつけた。 あれ、こんなところに天井があったかな。 そうだった。俺は泊まるところがなくてホームレスに段ボール箱を借りたんだった。 頭上では電車がひっきりなしに行き来している。 俺はそろそろと箱の外に出た。寒い。震え上がってまた中に戻った。 段ボール箱の中、意外に保温性があるんだな。手放せないわけだ。 俺はジャンパーを着込み、身をすくめてやっと外に出た。 一晩の宿は冷蔵庫の箱だった。それを見てまた寒気がした。 時計を見ると七時だった。おっさんたちはまだ寝息を立てているようだ。 俺はサンちゃんの家に、その玄関らしきところからありがとうと書いたメモに千円札を挟んで差し込んだ。 もしかしたら明日も世話になるかもしれない、などと不安と期待の入り混じった気持ちを残しつつ、その場を離れた。 俺は駅のコインロッカーに荷物を取りに行った。 重たい文庫の山が入ったバックパックを取り出した。 財布の中身を確かめた。残りはあと三万ちょいだ。 確かに金がないと身動きが取れない。古泉、恩に着るぜ。 俺は極力節約することにした。簡単に考えていたが、五万という金額はあっという間に消えてしまうだろう。 このままいけば金は確実に底をつく。それまでに長門を見つけないとな。 背伸びをしても腰が痛い。 風呂にも入りたいが、この辺に安い銭湯とか健康ランドみたいな施設はないだろうか。 この時間にやってるはずもないよな。 二十四時間営業のネットカフェならシャワーがあるな。 もう七時だから十八才未満でもかまわんだろう、ついでに飯も食おう。 俺は六時間パック料金を払い、とりあえず昼まではここで過ごすことにした。まだ眠い。 シャワーのお湯はややぬるいが、ホコリと排気ガスにまみれた俺にとっては天使の水がめから流れ落ちる滝だった。 ほんとはブースとかフラットシートでゆっくりしたかったが、料金が安いオープン席にした。 パソコンの前に座り、ヘッドホンをかけて音量をミュートにし、そのまま腕を組んで眠り込んだ。 画面にはスクリーンセーバが写っているだけだった。 「── お客様、お客様」 店員に起こされた。 「そろそろお時間ですが、延長なさいますか?」 ああ、もうそんな時間か。俺は口から垂れていたよだれを拭いて、一旦出ますと断った。 六時間もこの姿勢でよく眠れたもんだ。立ち上がって背伸びをした。夢さえも見なかったようだ。 朝飯を食うのを忘れていたせいか、心地よい空腹感を感じた。 ちょうど一時だ。飯を食ってサイン会場に向かおう。 昨日訪れた書店に向かった。 エスカレータを降りてすぐ、もう人だかりが出来ているのが見えた。 谷川流先生サイン会にお越しのお客様は並んでお待ちください、と立て札に書いてあった。 しょうがない、最後尾で待つか。先着百五十名とあったから、俺は百五十番目くらいか。 女子学生やら、見るからにアニオタ少年やら、中年のオバさんやらに混じって耐えること耐えること小一時間。 二時十五分ごろ、行列にようやく動きがあった。前のほうで拍手が沸いたので、先生とやらが登場したのだろう。 ポップやら登りやらが取り囲む中で、テーブルについた中年の(おっさんと言っちゃ失礼かもしれないが) 痩せ型の青年がいた。中年の青年って何だ?まあその間くらいか。 テーブルには文庫が平積みしてあった。そこには俺が持っている十三巻はなかった。 行列も終盤、谷川氏の笑顔にやや疲労が見える。 「谷川……さんですか」 「そうです」 「サインお願いします」俺はバックパックから昨日買った文庫を取り出した。 「はい、お宛名は?」谷川氏はマジックを取り出してキャップを外した。 「キョンです」 「え?キョン君?」ウケを狙ったわけじゃないんだが、谷川氏は笑いそうになった。 それから俺はバックパックから例の文庫本を出して見せた。 「ちょっとこれのことで内々にお話したいことが」 「……」谷川氏には分かったようだ。俺が持っているこの十三巻は、まだ存在していないはずだ。 「十五分ほど時間取っていただけませんか。重要なんです」 「あそう。……じゃあ、五時ごろマルビルのスタバで会えるかな?」谷川氏はこっそり耳打ちした。 「分かりました。じゃあ五時に」 俺は礼を言ってその場を離れた。 谷川氏は次の客がサインをせかすのに笑顔を見せながら、片方で怪訝な顔をしていた。 ええと、マルビルってどっちだ。 俺はそれからの小二時間を一杯のチャイラテで過ごした。 こないだまとめ買いしたハルヒの文庫本を読みつづけた。 これに書いてあることは、すべて事実だ。 俺にもよく分からんのだが、ここまで忠実に表現できるのは、 谷川氏と俺のいた世界には密接なかかわりがあると考えるのが妥当だろう。 店員がチラチラとこっちを見るので、チャイラテをもう一杯頼もうかどうしようかと考えていたら、腕時計が五時を回った。 しばらくして谷川氏が入ってきた。こっちに気がついて手を振った。俺は椅子から立ち上がって深くお辞儀をした。 たぶんこの人にしか助けてもらえない、そんな気がしていた。 「お忙しいところすいません」 「いやいや、かまわないよ。今日はもう一仕事終えたから」 谷川氏がチラチラと俺の手元を見ている。気になっているようだ。 「ああ、これは昨日買い集めたんです。見せたいのはこっちのほうです」 十三巻を取り出した。 「日付を見てもらえますか」 「これ、一年後だね。同人がネタで作ったの?」 「そうじゃありません。実物だと思います。未来から送られてきた」“未来”というところをわざと強調した。 谷川氏が唖然としていた。いつもの俺ならそうする。 「それに、発行が角川と書いてあります。 同人サークルは出版社を騙ることはしませんし」これは古泉の受け売りだ。 俺は自分のいた世界のことを話した。SOS団、ハルヒ、その周辺。 「驚かれるかもしれませんが、あなたの書いた小説は俺の身に実際にあったことなんです」 「キミの話だと、まるで僕の本から出てきたような印象を受けるが……」微妙に、不審者を見る目だ。 「そうとも言えます。よく分かりませんが、あなたの作った世界は実在するんです」 「よくわからん……というより信じられん。最近は成りきりキャラみたいな人が多いんでね。コスプレとか声真似とか」 「ええ。俺も昨日、アニメオタクと間違われました」 「なにか確信を得られるようなものはあるかな?証拠というか」 「証拠ですか……向こうでの俺の記憶くらいでしょうかね」 「キミの本名は?本編には書いてないんで誰も知らないはずだが」 俺は自分の名前を告げた。 「……」谷川氏は無言で俺を見つめた。 「全部、とりあえず保留でいいかな。別世界とか、この存在しないはずの十三巻とか」 前に似たようなセリフを誰かに言った覚えがあるな。 「ええ。俺はその、なにか特殊な能力があるわけじゃなくて、ふつーにその辺にいる高校生と同じですから」 「それを聞いて安心した」 「このシリーズのストーリーはどうやって思いついたんですか?」 「四、五年前だったか、新聞記事にとある事件が載っていてそれで閃いたのがきっかけかな」 「とある事件といいますと」 「地元の中学校のグラウンドに謎の地上絵が出現した」 俺の髪の毛がピクリと動いた。 「記事によれば子供のいたずらだろうってことで、結局犯人は分からなかったらしいんだが。 それが子供が描いたにしちゃえらく精密に描かれていてね」 「その絵ってもしかしてこれですか」俺は十三巻の挿絵を示した。 「そうそう、それ。アニメにも出てたよね」 「ちょうどこの挿絵にかかったところで、こっちの世界に飛ばされたんです」 「そんなことが起るとは……」 谷川氏は腕を組んでしばらく考え込んだ。 もうここまできたら、本来の目的を言うしかない。 「それで、長門有希のことなんですが、あいつはすでにこっちの世界に来ているかもしれません」 「それはほんとか」 「長門が消えたのは俺のいた時間で三日前なんですが、あいつから接触はありませんでしたか」 「うーん……ファンの女の子は多いし、イベントでもコスプレしてる子が多いし。 もしそんな子が接触してきてたとしても覚えていないかもしれない」 「なにか特別なメッセージとか、手紙とか」 「どうだろうね」谷川氏は考え込んでいた。 俺が長門ならどうするだろう?唯一の接点である谷川氏とコンタクトを取るには?そして俺にメッセージを残すには? 「長門を探し出すために手を貸してもらえませんか」 「ちょっと考えさせてもらっていいかな。調べたいこともある」 「明日また会えますか?」 「明日は三時から一時間くらいまでなら時間取れるよ」 「じゃあまた明日ここに来ます」 「一応連絡先を教えてくれないか」 「ええと、今こっちの世界では連絡手段が何もなくて。俺の携帯も使えないんです」 「え、じゃあ今どこに住んでるの?」 「住んでるところはありません。カプセルホテルやらネットカフェやらをはしごしてます」 さすがに高架ガード下で寝ましたとは言えなかった。 「そりゃ体壊すよキミ……」 「ええ。でも身寄りもありませんし」 「なんとかしてやりたいけど、……キミさえよければうちの客間に泊まってもらってもかまわないが」 願ったりだ。もうあの段ボールで寝たときの腰の痛さときたら。 「ほ、ほんとですか。助かります」 もうがっついていた、俺。このときほど人の親切が身に染みたことはなかった。 「とりあえず、うちに行こう。うちというか、僕の祖母の家なんだけどね」 谷川氏とタクシーに乗り込んだ。運転手は残念ながら新川さんではない。 「谷川さんて西宮が地元なんですか」 「そうだよ。北高出身だし」 「え……北高ってこっちにも実在するんですか?」 「いちおうモデルになったのはある。 僕が通ってたのは、ふた昔くらい前だから若干雰囲気違うけど」 「じゃあこの小説に出てくる建物やら、街はみんな実在する?」 「するよ」 「知りませんでした。昨日、思い当たる節があって図書館と甲陽園駅に行ってみたんです。 俺の知ってる風景とそっくり同じだったんで安心したというか、驚いたというか」 「そう。あの辺はファンがよく観光してるらしいね」 「うわ……それでですか」 「なにかあったのかい?」 「実は、長門が住んでるんじゃないかと思ってマンションのインターホンを押したんです。 オバさんに怒鳴りつけられました」 谷川氏はあははと笑った。 「アニメがヒットして、住民はえらく迷惑してるだろうね。 あのマンション、現物が分からないように絵の位置を変えたりはしたんだけど」 「これじゃうかつに探して回れないですね」 「あの辺はうろうろしないほうがいいかもねえ」 しかしまあ、俺とこの世界との接点が見えてきて、ちょっと安心した。 長門がいるとしたら、あいつもその繋がりに気付いたに違いない。 一時間くらいしてタクシーが止まった。 「着いたよ」 俺はドアから降りた。 「こっちだ」谷川氏が指したのは日本建築のお屋敷だった。 「こ……これ、もしかして鶴屋さ……」 「ああ、そうそう。鶴屋家の屋敷のモデルはここなんだ」 あれと同じ漆喰の壁が続いている。俺は感激した。知っている、これならよく知っている。 ハルヒの映画で舞台に使わせてもらい、朝比奈みちるさんをかくまってもらい、それからそれから。 くぐり戸から母屋の玄関までがやたら遠い、あの鶴屋邸だ。 「もしかして鶴屋さんもいるんですか?」 「さあ、それはどうかな」谷川氏はプッと笑った。 重たい玄関の戸を開けて中に案内された。土間だけで軽く俺の部屋くらいはある。 和服を着付けた鶴屋さんが今にも出てきそうな雰囲気だった。 「ばあちゃん!ばあちゃんいるかい?」谷川氏は奥に向かって叫んだ。 和服に身を包んだ小柄なおばあちゃんが、しゃなりしゃなりと出てきた。 「おやまあ珍しいじゃないか、お友達かい?上がっとくれっ」 な、なんか微妙に鶴屋さんっぽい。 「観光に来た友達のキョン君なんだけど、今日、泊めてもらえる?」 「いいともさ。ささ、奥にお上がり。お湯もたんっと沸いてるさね」 俺はおばあちゃんに向かって、すいませんお邪魔しますと言って靴を脱いだ。 廊下を進むと木と漆喰の匂いがした。この匂い、鶴屋さんちと同じだ。 「キョンさんは、」おばあちゃんがふと振り向いて言った。 「スモークチーズは好きかい?」 もう笑うしかなかった。 二十帖くらいはありそうなお座敷に通された。 俺は部屋の隅にバックパックを置いて、所在なさげに見回した。どこに座ればいいのか迷う。 「あの、離れってあるんですか?」 「隠居のことかな、たぶん空いてるよ。そっちがいい?」 「ちょっと、落ち着かなくて」まるで朝比奈さんみたいな口調の俺だ。 茶室みたいなこじんまりした造りの、離れに案内された。 「鶴屋さんちとまったく同じですね」 「うん。わりと凝った和建築の様式らしいよ。こまごました、明かりとり用の窓とか、この欄間とか建具類も」 「へえ」築百年くらいは年季が入っている気がする。 「先に風呂を案内するから、来て」 風呂ですか、ありがたい。鶴屋家はたしか、檜風呂だった気がする。 「残念ながら風呂だけはステンレスなんだ。檜はカビたり腐ったり、手入れがたいへんでね」 そうなんですか。鶴屋家も屋敷のメンテナンスに苦労してるんだろうな。 「お湯がぬるかったら蛇口ひねれば出るから。あと、浴衣置いとくから使って」 まったくかたじけない。 突然現れてあっちの世界から来ましたなんて延々電波なことを言ったあげく、 泊まるところがないからと上がり込んだりして、風呂まで借りて、俺ってなんて図々しいんだ。 大人四人が楽に入れそうな浴槽に浸かりながら、俺は体の疲れをほぐした。 今日はネットカフェで寝ていただけで、たいしたことはしてないが、繁華街を歩いてるだけで疲れる気がする。 谷川氏の好意で、しばらく、といってもいつまでかは分からないが、綿の入った布団で眠れそうだ。 まったく、外で寝るのは体力も気力も消耗する。 あのホームレスのおっさん、風邪ひいてないだろうか。 渡された浴衣を着込むと、気持ちまで和風になってきて、その雰囲気に馴染んでる自分がいた。 こういう純日本人らしい生活スタイルもいいよな。 浴室を出ると、おばあちゃんがそのままじゃ風邪を引くだろうからと半纏を貸してくれた。 なんてやさしいおばあちゃんだ。感涙だ。 食堂に呼ばれて中に入ると先に谷川氏が来ていた。食卓には漆塗りの食器が並んでいた。 「若い人が好むようなものは、ないんだけどね」 いえいえ、ファーストフードで飢えをしのいでいた俺には、天皇の料理番が作るほどの高級料理ですよ。 味噌汁が、うまい。おふくろには悪いが、うちの味噌汁よりうまい。 そう言うとおばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑った。 「キミの世界の話を聞かせてくれないかな。家族とか、友達とか」 そうですね、と口を開きかけてチラとおばあちゃんを見た。 「ああ、気にしないでいいよ。おばあちゃんは他人の秘密には干渉しない人だから」 またしても鶴屋さんスタイルだな。 「干渉しないから、かえって秘密が舞い込んでくるんだけどね」 それはうらやましい。情報通ですね。 「ええと、俺の家族は親父とおふくろと、妹がひとり、これが最近マセてきて小うるさくて。 あとは拾った三毛猫が一匹」 この辺は谷川氏も知ってるだろう。あの文庫に書いてないようなことを言わなくてはな。 シャミセンに彼女らしきものが出来たとか、妹の部屋でつい日記を盗み読んでしまって 片思いの相手がいることを知ったとか、まあ家族の細かい話だ。 「初耳だ。その辺は僕の小説にはないね」 こういう日常的な仔細を小説の中で表現するには限界があるかもしれない。 「キミには彼女はいないのか?」 話の展開からすると、ここでギクリとするべきなんだろうが、あいにくとそういう関係はなかった。 「それは谷川さんがいちばん知ってることでしょうに」 「そういえばそうだね」谷川氏は頭をかいた。 「キミはハルヒと長門有希、どっちがいいと思う?」 答えに詰まる質問だ。 「どっちと聞かれても、そういう目で二人を見たことはないんです」 って谷川さん、朝比奈さんって線はまったくないんですか。 「なにかこう、伏線があったはずじゃないか」谷川氏の目は、ちょっとワクワクしている。 「伏線……ね。そういえば雪山の山荘とか、長門の暴走とか、バレンタインデーとか、 二人が妙な行動をすることはありましたが。もしかしてあれ、そうなんですか」 「まあ、キミには一切が分からないように話を展開させてるから、しょうがないんだけどね」 「俺の知らない水面下でそんな話が進んでたりするんですか」俺は苦笑した。 「って、あれ!?僕はまだキミが向こうの世界から来たと確信したわけじゃないんだが」 谷川氏は、はははと笑った。 「こうやって自分の頭の中で組み立ててることを他人とまじめに会話するってのは、楽しいね。 新しい発見があるかもしれない。今後の展開の参考にしよう」 なにやらメモをはじめた。 「キミが話してくれた事件もメモっとくよ」 なにやら謎めいた記号みたいなもの書いている谷川氏を見て、俺はふと思いついた。 「これ、もしかして既定事項なんじゃありませんか」 「というと?」 「俺が話した内容で、谷川さんがこれから十三巻を書くわけです」 「なるほどね」ちょっと考え込んだふうだった。 「ええと、じゃあ僕がキミから話を聞いて十三巻を書くとして、 キミが持ってきた十三巻を最初に書いたのは誰?」 えーと……。これは重大な問題だった。卵が先かニワトリが先か。 谷川氏は笑った。「これはタイムトラベルをする者の、悲しいサガ、だね」 俺はそのセリフになぜかデジャヴを感じた。 二人で考え込んでいると、あの部室でのことを思い出した。 「あの十三巻は、読んでると話がループするんです」 「そうなのか」 「つまり、俺が読んでるシーンを読んでる俺が、それを読んでるシーンをまた俺が、」 頭痛くなってきた。 「二枚の合わせ鏡みたいで、まともに読みつづけられないんです」 「それ、作中の人物がその物語を読むパラドクスだね。似たような話はある」 「それじゃ物語が進まないですね」 「……もしかすると、そのループが次元の歪みを生んだのでは?」 「俺にはちょっと難しいです」 「つまり、二枚の鏡に写った最初の映像はどっち?終わりはどこへ?光が無限に往復する」 谷川氏は人差し指を左右に往復させた。 「……難しいですね」 「ほかにも似たような現象はある。ビデオカメラでテレビを撮ると、映像の中に映像が延々と生じる」 「三次元のループですね」 「そう。これがもっと高次元のループだとしたら、キミは渦の中に巻き込まれているということになる」 「……」 「いいアイデアだ。メモしとこう」 って、ネタだったのかよ。どうも作家の考えることは分からない。頭の中、どうなってんだろ。 そんなSFとも数学ともつかない話をしながら時は過ぎていった。 十一時を回ったところで谷川氏は腰を上げた。 「僕は自宅に戻るから。気兼ねしないでいいよ」 「ご自宅、ここじゃないんですか」 「ここはおばあちゃんがひとりで住んでる家でね。僕は仕事場兼自宅を持ってる」 なるほど。作家ですもんね。 俺はおやすみなさいを言って谷川氏を見送った。 寒空に星がまたたいている。明日は晴れそうだ。 翌朝、おばあちゃんに呼ばれて食堂で朝飯を食った頃、谷川氏がやってきた。 「よく眠れたかな」 「ええ、ありがとうございます。おかげさまでぐっすり」 「そう、僕は枕が変わると眠れないたちでね。だから他所んちにはできるだけ泊まらない」 俺は石の上でも寝れそうな気がしますよ。一昨日は紙の上でしたが。 「昨日話した、例の地上絵の新聞を探しに行こう」 「どこへですか?」 「市立図書館に。あそこには過去十年分くらいの新聞があるから。 もしかしたら頼めば二十年前くらいは見せてくれるかもしれない」 なるほど、そういう探し方もあるのか。昨日は長門の後ろ姿しか追いかけなかったからな。 図書館には二度目の参上だ。一昨日のことを思い出すと今でも赤面する。 もしかして長門がいてやしまいかとキョロキョロと見回してみたが、それらしい風体の女の子はいなかった。 谷川氏はカウンターで保存資料閲覧を申し込んでいた。 しばらく待って、奥にある書架に通された。 パソコンの端末でマウスを動かしている。 「新聞というから古新聞が束になって積んであるのかと思いました」 「過去数年分のは全部電子化されていてね。 インデックスもついてて目的の記事を探し出すのも簡単だよ」 「あったよ。これだね」谷川さんが画面を指さした。 その記事のタイトルは“学校の運動場にミステリーサークル出現”だった。 「ミステリーサークルじゃなくて地上絵なんだけどね」 この絵文字、挿絵と同じものだ。そう、七夕のときハルヒが東中のグラウンドに描いたアレだ。 正確には俺が描いたんだったが。 「これ、子供が描いたんじゃないかって推測してるけど。 まっすぐな定規もない、見下ろす場所もない広い地面に絵を描いたことあるかい? これは図形と幾何学の知識がないとできないんだよね」 もしかしてハルヒがこの世界に存在しているのか?そんなはずはあるまい。じゃあ誰だ?。 「この絵、挿絵とちょっと違うところがありますね。この右下のやつ、花に見えませんか」 「どう……だろう。言われてみればそう見えなくもないけど」モノクロの荒い写真だから分かりづらいが。 「長門が残した栞に印刷してあった花の絵じゃないでしょうか」 とすれば、これを描いたのはあいつしかありえない。 俺は長門が部室から消える直前に言った言葉を思い出した。 「わたしは……ここにいる」 これは救助要請だ。俺はうなずいた。 「これを描いたのは長門です。それ以外考えられない」 「そうなのか。でもこれ、五年も前だよ」 確かに新聞の日付は五年前の十二月になっている。 「仮に、こっちと向こうの世界の時間がズレたとしたら、理屈は通りませんか」 「……うーん。どうだろうね」 五年も前にあいつがこっちに来たのだとしたら、無事に生きているかどうか不安になった。 ハルヒも俺もいない世界で、目的を失って自らの情報連結を解除したりしないとも限らない。 「谷川さん、長門が暴走したときの話覚えてますよね」 「ああ、消失ね」 「俺が言うのもなんですが、長門はどんなときでも必ずメッセージを残すやつなんです。 それも本人にしか分からないやり方で」 「なるほど」 「北高の文芸部の部室って存在するんですか」 「……ははあ。キミの考えていることは分かった」 俺はそこに侵入することを考えていた。 「昨日も言ったけど、当時とはずいぶん変わってるしね。 一度取材に行ったけど、そのときにはもう僕が思い描いている部室はなかったね。 むかし文芸部だった部室はあるけど」 「ちょっとだけ覗いてみるわけにはいきませんか」 「うーん……。いちお学校の関係者に聞いてはみるけど、期待しないほうがいいと思うよ。 なんせアニメに出たもんだからピリピリしててね」 そうなんですか。 「部室でなにを探そうっていうんだい?」 「あのときと同じ本があるんじゃないかと」 「ハイペリオンかい?」 「ええ、それです」 「実はあのハードカバーが出たのは相当前の話なんだ。今は文庫しかないんじゃないかなぁ」 「だったら、なおさらです。それが存在すれば長門からのメッセージがあるかもしれない」 「そうか。聞いてみとくよ。父兄の見学ってことで」 「お願いします」 記憶を蘇らせるために、俺はまた同じ道を辿る、だ。 「ああそうだ、ハイペリオンならここにもあるはずだよ。探してみたかい?」 「ええ!そうだったんですか。それは気がつきませんでした」 俺はめったに来ないであろうSFのコーナーを探した。長門に借りてそのままだ。 二人でSF、ミステリーのあたりを探したんだが、結局見つからなかった。 パソコンの端末の蔵書データベースで調べてもらったが、確かにあるらしい。 「誰かが借りてるんだろね。長門有希の百冊に入ってたし」 「なんですかそれ」そういやぐーぐる様もそう言ってたな。 「長門有希が作中で読んでるって設定の百冊を僕がピックアップした。その中にあれも入ってた」 なるほど。人気あるわけか。 「しょうがない。今日のところは帰ろうか」 「そうですね」 俺は先日とんでもない人違いをした棚のほうを見た。突然話し掛けられたほうも驚いただろう。 俺はハルヒの文庫が入ってるかどうかを見ようと、文庫の棚の前をそろそろ歩いた。 そのとき、なぜかその本だけが目に入った。“ハイペリオン ダン・シモンズ” とっさにページをめくった。ハラリと何かが落ち、俺は稲妻に打たれたかのような衝撃が走った。 あのときの、栞だった。 「こっこっこっ」 「こけこっこー?」 「違います、これ、長門です。ぜったい、長門です」 俺は栞を見せた。今度は大声を出してもはばからなかった。これは断じて長門だ。 図書館の本に手製の栞を挟むやつは、まずいない。これは長門、絶対に長門だ。 栞には例の絵文字と、薄紫の花が描いてあった。文字は書かれていない。 長門が暴走したとき、部室にあったやつと同じだ。 「消失のときのと同じだね」谷川氏にも分かったようだ。 「ぜったいそうですよ」 「これの意味は、知ってるよね」 「わたしは、ここにいる、です」 「これが憂鬱のときの栞ではないということは、つまり、消失のときと同じ、キミへのメッセージだね」 「で、ですよね」俺はワナワナ震えていた。もう長門を見つけたも同然だ。近くにいる。 「ちょっと来て」谷川氏はその本を持ってカウンターに向かった。 なにやら受付のお姉さんとボソボソ話したあと、俺のほうに向き直った。 「過去にこれを借りた人を調べてもらってる」それはすごい。電子戦ですね。 「この文庫本が出たのが約七年前、ハードカバーはそれより前。 この本が入庫したのが三年前で、借りたのはトータルで二百人くらいだそうだ。 残念ながら借りた人の名前は明かせないらしい。個人情報だからね」 ああ、こっちの世界でもその辺が厳しいんですね。 「最後に借りたのはいつか分かります?」 「二週間ほど前らしい」 ……それは長門だろうか?その可能性はあるだろうか? 「すいません」俺は受付のお姉さんに話し掛けた。 「ちょっとこの写真見ていただけませんか」俺は長門とハルヒが写っている写真を見せた。 「この、髪の短いほうの子、見かけませんでしたか」 お姉さんは、うーんともふーむともつかない声を出した。 遠目に近目に写真を見ていたが、ちょっと覚えていないと言った。 これだけ人が出入りするんだ、覚えていろというのが無理な話かもしれない。 「写真持ってたんだ?」 「あ、まだ見せてませんでしたね。すいません」 「これはまた美人だな。僕はアニメでしか見たことないから」 「そうなんですか」まあ当然っちゃ当然だが。アニメでないならただのコスプレだろう。 「実写版やるとしたら、まさにこんな感じだよなぁ」 実写ドラマやるのか……かなり映像に無理があるんじゃ。閉鎖空間とか。 俺は図々しくもお姉さんに、もしこいつが来たら俺が来たことを伝えてくれるよう頼んでおいた。 長門ならそれだけで十分だろう。あとは情報操作とやらで俺の居場所は分かるはずだ。 図書館で重要な手がかりを得たあと、午後には屋敷に戻った。 「東中のグラウンドを見てみたいんですが」 「中に入ってみたいかい?」 「ええ、できれば」 「教師にひとり同級生がいるから、聞いてみよう」 谷川氏は電話でしばし世間話をしたあと、グラウンドを見てみたいんだが、と切り出した。 「四時頃ならいいらしい」 「ありがたい」 「とはいっても、ただのモデルだからね。名前は違うし、見た目も若干も違うけど」 あの場所は忘れようにも忘れられない。ハルヒが俺とはじめて出合った場所だ。 過去の七夕には朝比奈さん(小)を背負って歩かされた。 谷川氏の車で中学校まで乗りつけた。谷川氏の同級生という男性教師が迎えてくれた。 「ここも舞台になってるんだけど、北高ほどは知られてないんだよね」 作中の東中は若干位置がわかりづらいらしい。 谷川氏と俺は校舎から出てネット越しに運動場を眺めた。 「最近は関係者以外は中には入れないけど。むかしはよくここで遊んだよ」 確かに広い。昼間見るのは、はじめてだ。 「こんな広いところによく地上絵を描いたな」実際は向こうの世界のここだが。 「地上絵を描くのって意外に難しいんだ」 「ハルヒの頭の中では文字すべての線の長さと角度が計算されてたんですね」 「ハルヒは数学が得意だからね」 「よく知ってますね」 「そりゃまあ、僕が生みの親だし」 もっともだ。 冷たい風が吹きぬけた。俺は襟を立てた。 グラウンドの向こう側で陸上部らしい女子生徒が走り回っていた。 ハルヒの中学時代はこんな感じだったんだろうか。俺は校区が違うから、ここにはなじみはないんだが。 中学生のハルヒは奇妙なことばかり繰り返していたらしい。 谷口曰く、かわいいからと思って話し掛けるとトゲのある答えしか返ってこない、バラみたいなやつだったと。 親しい友達もなく、親にも打ち明けられず、ひたすら孤独だったことだろう。 あいつはあれからずっと、ジョン・スミスを探していたのかもしれない。 柄にもなく、昔のハルヒを思い浮かべた。あいつの顔じゃ、あんまり郷愁は感じないが。 俺が探さないといけないのは、ハルヒとの接点じゃなかった。俺と長門を結ぶ接点だ。 だからここにはなにもない。俺たちは三十分くらいでその場から引き上げた。 この屋敷にやっかいになって三日が経とうとしている。 翌朝、谷川氏が言った。 「北高の見学、聞いてみたけどね、やっぱり無理らしい。今ちょうど受験シーズンで、 先生も生徒もピリピリしてるから、年が明けてからにしてくれってことらしい」 「そうですか」予想はしていたが。年明けまではとても持ち越せない。 まあ俺が中に入れないってことは長門も予想できただろうし、 ということはメッセージは何も残してない可能性が高い。 そう考えて納得することにした。最近はあきらめるのにも理由を考えるようになった。 谷川氏は今日は出版社で打ち合わせがあるので、調査には付き合えないとのことだった。 執筆の仕事もあるだろうに、毎日つき合わせては申し訳ない。 俺は自転車を借りて町並みを回ってみることにした。 ハルヒが超監督で撮った映画の舞台を追ってみた。 長門と朝比奈さんが対決した森林公園、朝比奈さんと谷口が飛び込んだ新池、桜並木がある夙川公園。 朝比奈さんがトンデモ告白をしてくれたベンチもちゃんとあった。 同じだ。何も変わりがない。 こういう自然の風景にはさほど違和感を感じない。感じるのは人工の建物だけなのかもしれない。 そういえば俺の自宅はいったいどうなってるんだろう?昨日からずっと考えていた。 俺の知らないところで、俺を除いた俺の家族がそのまんま別の人生を過ごしているんだろうか? それとも家そのものがないんだろうか。 俺は自宅近くまで行って、そこから通学路を辿って北高まで行ってみることにした。 谷川氏は道順も場所も同じだと言っていた。 俺は線路を越えて自宅がある(と信じている)場所へ自転車を走らせた。 後ろに過ぎてゆくのは見慣れた景色だった。風景だけが同じ、そこにいる人間は誰も知らない。 猫は飼い主よりも場所に執着するというが、俺はどっちかといえばそこにいる人間に愛着を感じる気がする。 俺にとっての自分の居場所は建物や地理なんかじゃなくて、たとえばSOS団のメンツや、親や妹や、 シャミセンがまとわりついてくる日常。そんな他愛もない時間そのものなのだろう。 馴染んでしまったり忘れることが出来ないものというのは、特定の場所や風景なんかではなくて、 むしろ、そのとき誰かと触れた流れる空気みたいなものだ。 時間と空間は同じ、と長門は言っていた。今は少しその意味が分かる気がする。俺なりにだが。 馴染みの町内にたどり着いた。 俺は自転車にまたがったまま、前方にある俺の自宅っぽい地所を見つめていた。 そこに、まったく同じ、俺の家がある。どうしたらいいんだろう。 玄関を開けてそのまま、ただいまと中に入ってしまいそうだ。 俺は携帯をいじるふりをして、その場に自転車を止めた。 家の様子を見ていると、ドアが開いて誰かが出てきた。 まったく知らないオバさんだった。あわてて目をそらす。 不意に、俺の家に知らない人が住んでいる感覚に襲われた。 本当はそこにいるべきは俺なんじゃないか。 ドアから出てくるのは本当は俺のおふくろなんじゃないか。 俺は頭を振り払ってその思いを消した。 住んでる人は違うのに、なぜあの家はあんなに似通ってるんだろうか。 それだけが疑問として消えなかった。 そこから駅に向けて自転車をこいだ。制服を着ていないのがなんだか違和感を感じる。 甲陽園駅まで乗りつけた。こないだのマンションが見えた。 あのときは長門とはなんら関係ない赤の他人を呼び出すなどと、血迷ったマネをしてしまったが。 いつもはここで自転車を止めるんだが、今日はそのまま乗って坂道を登った。 この坂の勾配はハイキング並にきつくて、入学したての頃は入る学校を誤ったと後悔したものだ。 自転車だと階段のないルートを辿らないといけないので、さらにきつい。 俺はとうとう押して歩いた。こんなことならいつものように駐輪場に止めておけばよかった。 途中、短大と私立の進学校の前を通った。似ているっちゃ似ている。名前は違うんだが。 この微妙な、心理的な部分で納得がいかない類似が俺を不安にさせた。 さらに坂を登り、北高らしき建物にたどり着いた。よくよく見ると名前が西宮北高になっちまってる。 正門には生徒がいたので俺はそのまま通り過ぎて、坂を登りつづけた。制服が違うな。 敷地をぐるっと回って西門まで行こう。俺の予測が正しければ、そっちのほうが人は少ないはず。 途中で見上げると、部室棟らしき校舎が見えた。あれか。 俺たちの文芸部部室がどうなっているのか、ここからでは分からなかった。 今すぐ校舎の階段を駆け上って、あの部屋のドアを叩いてみたい衝動に駆られた。 夜になるのを待って部室棟に忍び込んでみようかとも考えた。 でも俺は自分を抑えた。忍び込んで捕まったりしたら谷川氏にとんだ迷惑をかけてしまう。 血迷ったアニメオタクが県立高校に侵入。そんな三面記事、俺も読みたくない。 結局、歩道橋の交差点まで登ってそこから南西に坂道を下る。 西側からは校舎の剥き出しのコンクリが見えるだけで、なにも分からなかった。 こんなことをやっていてもなにも得られないのは分かっていた。 俺が中に入れない以上、長門もそこには行かないだろう。 長門との接点は場所じゃないんだ。過去に二人が共有したなにかだ。 俺は来た道は戻らず、坂道をそのまま下り、回り道をして甲陽園駅に戻った。 ひとつだけ忘れていた場所があった。長門に呼び出されて待ち合わせた、駅前の公園だ。 果たせるかな、街灯の下にベンチはあった。このベンチにはいろんな思い出がある。 最初のは“午後七時、光陽園駅前公園で待つ”だったか。 あんときの俺は俗っぽい生活の代名詞みたいな人生で、 宇宙論やら時間論やらとは遠いかけ離れた生活をしてたからな。 もっとまじめに聞いてやればよかった。 帰ろうとする俺を見る長門の表情に広がる、小さな波紋。 今ならあの微妙な表情の意味は分かる。 部屋の一角に、時間ごと冷凍保存した俺を三年間待ちつづけていた。 ── ただ待っているだけの人生なんて嫌 そう言いたかったんじゃないか。 俺はベンチに座り、長門と出会ってからのことを思い返していた。 あいつをひとりにしてはいけない。それが俺がここにいる理由。あいつを追いかけてきた理由。 気が付くと四時を過ぎていた。だいぶ冷え込んできたので駅近くのコンビニへ行った。 俺はホットのお茶をレジに置いた。朝比奈さんの点てた暖かいお茶が飲みたい。 ものはついでだ、俺は店員に尋ねた。 「すいません。実は人を探してるんですが、ちょっと写真見てもらえないでしょうか」 レジの若い店員は珍しいものを見るように俺を見た。 「え……人探しですか」 俺は長門とハルヒが写っている写真を見せた。 おっさんたちに握り締められてだいぶよれよれになっている。 「身長は俺より低い、小柄な子です。名前は長門と言うんですが」 店員は遠目に近目に、しばらく写真を見ていたが、奥にいるらしい誰かに向かって声をかけた。 「店長、これ、前ここで働いてた子じゃないっすかね?」なんですとぁ!!? 「どれ……。どうだろ。覚えてないなぁ」初老のおっさんが出てきて写真を見た。 「ほら、例の、三年くらい前の事件」 「ああ、あの子か、思い出した。確か名前は田中とかじゃなかったかな」頭に乗っていた老眼鏡をかけなおした。 「ええと、田中は母親の苗字なんです。小さいとき両親が離婚して離れ離れになりまして。実の妹なんです」 とっさに口からでまかせを言ったが、我ながらもっともらしい嘘だったと思う。 「ああ。思い出した。セーラー服で突然やってきて、ここで働かせてくれと言った。やたら無口な子でね。 まあ連絡先はちゃんとしてたし、まじめな子っぽかったんで雇ったんだけど。 ワケアリみたいなんで詳しくは聞かなかったけどね」 「いつごろですか」 「働き出したのは四年か五年くらい前かなあ」 「あんまり大声じゃ言えないことだけど、……三年前に強盗が入ったんですよここ」若い方が声をひそめて言った。 そのときに犯人を退治したのがその子だったらしい。 「巴投げとか言うのかな、あの技?包丁を振り回す犯人をぶん投げて、こう!」店長が腕だけ実演して見せた。 「かっこよかったですよね。なんか合気道の心得があるんだとか言ってましたっけ」 巴投げは柔道だと思うが、そのトンデモでまかせは長門流かもしれない。 その後、テレビやら新聞やらの取材があったのだが、ふつとかき消すようにバイトをやめたらしい。 「翌日から来なくなってしまってね。思えば、あれが原因でやめたんだ。いい子だったのに残念だった」 「今どこにいるか分かります?」 「ずいぶん前のことだからね。隣の駅くらいに住んでるとは聞いてたけど、それ以外のことは覚えてないねえ」 「そうですか。もし見かけたらこの連絡先を伝えてもらえませんか」俺は谷川氏の電話番号を伝えた。 「ああ、いいよ」 長門の気配が急に濃くなった気はするが、まだ道は遠い。あいつ、ここで何をしていたんだろう。 食うためのしのぎ以外に、誰か知ってる人間が通りかかるのを監視していたのかもしれない。 少なくとも存在だけは確認できた。三年前という遠い過去のことだが。 俺はお茶を受け取ってコンビニを出ようとした。自動ドアにバイト募集の貼り紙がしてあるのに気が付いた。 俺はふと思い立って、店長と呼ばれたおっさんに尋ねた。 「すいません、これまだ募集してますか」 「ああ、いつでもしてるよ」 「自分もバイト探してまして、面接お願いしたいんですが」 「じゃ履歴書書いてきて。来週くらいでどうかな」 「できれば今日お願いできないでしょうか」時間が惜しい。俺にはそれがあまり残されてない気がする。 「キミも急いでるの?じゃあ六時ごろシフト抜けるからその頃来て」 俺はその場で履歴書とボールペンを買った。証明写真をどこかで撮らないとな。ああ、あと三文判も。 駅前の証明写真ブースで顔写真を撮り、喫茶店で履歴書を書いた。ここで六時まで時間を潰さないとな。 自分の顔写真を見て少しやつれていることに気がついた。このところ毎日出歩いてるからだろう。 写真を切るものがなにもないことに気が付いて、ウェイトレスに声をかけた。 「お姉さん、ハサミ貸して~」なんだかうちの妹みたいな口の利き方になってしまったが。 さっきの店員にどうもと頭を下げると事務所に通された。 「缶コーヒーでも飲む?」 「あ、いえ、さっき喫茶店で飲んだところなので」俺は履歴書の入った封筒を差し出した。 おっさんはうやうやしく履歴書を開いて読んだ。 「高校二年生ね。学校によっちゃバイト禁止なんだけど、キミんとこは大丈夫なのかな」 「ええ。一応申請するんですが、たいていは許可がおります。素行が悪くない限りは」 レジのほうから声がした。「店長、受け取りお願いします」 「ああ、ちょっと待っててね」おっさんが席を立った。 長門、頼む。俺に二十秒だけ時間をくれ。 俺はスチール机のいちばん下の引出しを漁った。 果たしてそれがそこにまだ残ってるのかどうか俺に確信はなかった。 何通もの古い履歴書の束を見つけ、下から順にめくった。 当たりだ、長門の履歴書だ。写真も丁寧な明朝体もあいつのものに間違いない。 俺は急いでバックパックに放り込んだ。 それからの俺はおっさんとの面接も上の空、話はほとんど聞いちゃいねえ。 もう、ただただ長門の直筆を手にしたという安堵感と、 早くくだらないおしゃべりを切り上げてこの住所に行って確かめたいという焦燥感とが、俺の頭の中を入り乱れていた。 礼もそこそこにコンビニを後にした。 俺の連絡先も電話番号もどうせニセモノだ。やる気になればこっちから電話すればいい。 長門の履歴書に書かれている住所は、確かに隣の駅に近かった。 偽名を使った長門が正しい住所を書くだろうかと疑問に思ったが、 今は考えるより確かめに行くほうが先だった。他に手がかりがないこの状況では。 俺はタクシーを止めて乗り込んだ。 長門有希の憂鬱Ⅰプロローグ 長門有希の憂鬱Ⅰ一章 長門有希の憂鬱Ⅰ二章 長門有希の憂鬱Ⅰ四章 長門有希の憂鬱Ⅰおまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/56.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 長門ユキの牢獄 「カミソリシュートッ!」 天と地に響けと力いっぱい叫びつつ、ビーチボールをアタックするのは我らがSOS団部長、涼宮ハルヒ 小生意気にもハルヒは桜色のビキニ、健康的に見えるのはあいつの精神年齢の低さのせいかな? 10mくらい離れていれば、青い空と海の似合う美少女に見えなくもない。 「あわわわっ」 飛んだボールをトスしようと水を掻き分ける、が転ぶ朝比奈さん フリルのついたワンピースタイプ水玉模様使用だ、可愛いという言葉を正しく使いたいなら彼女に用いれば間違いはないだろう わが精神安定剤にしてカンフル剤。 「ふむ」 朝比奈さんが取り損ねたボールを絶妙の力加減で返す古泉 海パン こいつはどうもでいい。 俺はSOS団の高水準さ(野郎を除いて)に頬を緩めた。 と、尻に何かが触れる感触 ぎゅう あぁ長門、お前もかわいいよ。 ハルヒコーディネートのスク水が目に眩しい、ビューティフルだ。 だから尻をつねるな、力を込めるな、ねじ切るな。 長門ユキの牢獄2 我等SOS団部は今、海に来ていた。 ただの海水浴ではない、家族連れとカップルがごった返す平凡きわまる海水浴場だ。 なぜこんな所にいるのかというと、もちろん目の保養などではない エンドレスエイト、この狂った世界をぶち壊すためだ。 今年の夏はすでに孤島で海水浴を楽しんでいるが、あそこは静かな孤島のプライベートビーチだ。 ハルヒは形式にこだわるタイプだ、あいつの偏見と火薬の詰まった頭には海水浴というならこっちの方がしっくりくるだろう 俺が長門たちの水着姿が見たかったからでは断じてない、一週間後の天気予報くらいには信じてくれるとうれしい。 誘うのは簡単だった。 昨日、ハルヒに電話で「海に行かないか?」と誘ったら0.2秒で「行く!」と力いっぱい叫びやがった。 その後、集合時間や持ち物の打ち合わせしている時からハルヒのテンションは天井知らずに上がりっぱなしだった。 会話のキャッチボールを成立させるだけでも苦労したが最後の方では 「今から行くわよ、キョン?」 と言い出しそうな気配を俺の鍛え抜かれたハルヒ迷惑レーダーが感知したので強制的に切った。 だが次の日、長門や朝比奈さん、後ついでに古泉の姿を見て急に不機嫌になりやがった。 何故? まぁハルヒの行動を予測できるものは全人類どころか全宇宙にも存在しないみたいなので気にしないでおく。 ともかく、俺たちは日の昇りきる前から電車に乗り、10時ごろにはそこそこ有名な海水浴場に到着した。 道中でのハルヒの奇行は書かないでおこう、それで俺の気が晴れるわけでもないしな。 とにかく俺がパラソルを砂浜に突き刺したころにはハルヒの機嫌も直っていたのでひと安心だ。 そして今、俺は程よく膨れた腹をさすりながらビーチパラソルの影で休んでいる。 団長に命じられ、浮き輪やベッドを酸欠になりながらも膨らませたり 朝比奈や長門によって来る野郎どもを追い払ったり(ハルヒは必要なし) くそまずいラーメンを海の家で食べたりと忙しかったが、やっと一休みできた感じだ。 と、そこへ 「あんた、暇そうね。」 遠慮というもの子宮に忘れてきた女が近寄ってきた。 「暇というならここにいる奴等のほとんどがそうだろう。」 暇でもなければわざわざ塩水につかりに来る奴などいない ハルヒは俺の返事を聞いて大きくため息をつきやがった、失礼なやつだ。 「こんな美少女がわざわざ声をかけてるんだからもっと喜びなさいよ、無愛想キャラがもてるのはアニメか漫画の中だけよ。」 余計なお世話だ、とっとと用件を言え。 「ふんっ、まぁいいわ。」 そう言うとハルヒは、俺のハルヒ迷惑レーダーが最上級の警報を鳴らしそうな微笑を俺に見せた。 ハルヒはベッド形の浮き輪を俺の横に置き、自分もその上にうつぶせに寝た。 そして背中のビキニの紐を解き、俺の顔を挑発的に見ながら言いやがった。 「あんたには特別に私にオイルを塗る権利をあげるわ」 自分の手にした幸運に神様とハルヒ様に感謝しなさいといった感じだ。 だが、俺といえばこの状況に困り果てていた。 (海に来たことは何回かあったがこんなパターンは初めてだ。どうする俺?) そう、海水浴自体は何回か来ているのだ(この海水浴場は初めてだが) 繰り返される夏の記憶にない事態に多少、戸惑っていた。 そんな俺の逡巡を見て何を思ったのか、ハルヒは顔を少し赤らめて 「早くしなさい、団長命令よ!」 軽く、半径50メートルに響きそうな声で言った。 まったく、周囲の好奇と侮蔑の視線が痛いことこの上ないね。 ふん、まぁいいさ。 団長命令というなら仕方がない全力で持って余すところなくオイルでヌレヌレにさせてもらいましょう 薄く微笑みつつ、ハルヒのすでに薄く小麦色の背中ににじり寄った。 俺のやる気を見て取ったのかハルヒは顔を浮き輪にうずめた。 俺はサンオイルを両手にたっぷりと盛り、ハルヒの背中にゆっくりと触れる。 「あっ」 俺の手が触れた瞬間ハルヒが色っぽい声を出す。 手を止め無言の態度で、やめるか?と聞く 「つ、つづけなさいよっ!途中でやめたらひどいんだからっ」 まぁ、いまさらやめてなんて言われてもやめないけどさ、そう思いながら俺は手の動きを再開した。 ゆっくりと、丁寧に、時間をかけてに背中にオイルを塗る。 「…なんか、やけに上手ねあんた。」 ハルヒのどこか釈然としない発言を聞き流しながら俺はオイル塗りを、というか愛撫を強める。 肩甲骨を触れるか触れないかで焦らし、骨の浮き出る脇腹を滑らかになでる。 「…ん、………ふぁ」 ハルヒが俺の一挙一動に敏感に反応する様は感じるものがあり、ついつい本気になりそうだった。 一通り背中を攻め終えた俺は首筋を優しくなでまわし、脇の下、さらにはつぶれた双胸の端へと攻撃の場所を移す。 「あっ、だめっ……んっ」 敏感な場所を触られたハルヒは背中軽くそらせる。 おいハルヒそんなかっこうで動くと胸が見えるぞ、そう言おうと半笑いの口を開きかけた所で 辺りがいきなり薄暗くなった。 なんだ?と振り返ってみると 波と目が合った。 そこには2メートル級の津波が俺の目の前、ほんの数十センチの世界で存在していた。 あまりの事態に固まる俺にお辞儀するように、視界いっぱいの波が倒れてきた。 一瞬で海水に飲まれた俺は波と波の間に、ハルヒの胸に二つのポッチを見た。 節々が痛む体に鞭を打ち、起き上がってみると そこには阿鼻叫喚といった表現をいやでも使いたくなるような光景が広がっていた。 俺達の他に5,6組、波に飲まれたようで浜辺に投げ出されている。 もっとも不思議と全員生きているようではあるが 俺は奇跡的にも難を逃れた朝比奈さんを見つけると、比較的近くに転がっていたハルヒを押し付けて海の方を見た。 沖のほうを見るとそこには犯人が浮き輪を使ってぷかぷかと浮いていた。 俺の視線には気づいてるはずだが、私は何も知りませんといった感じであさっての方向を見ている。 俺は苦笑しつつ、海に入ると長門へ向かって泳ぎだした。 「ぷはっ」 俺はやっとのことで捕まえた浮き輪に体重を預け、大きく息を吸った。 本当ならもっと早くに捕まえることができた だが、こいつが俺の近づいた分の距離のから正確に2分の1づつ遠ざかるものだからとんだ遠泳になってしまった。 もちろんそんなことを普通の人間ができるはずも無い そうだよな、長門 その長門はというと、俺に背を向けたまま無言で俺にプレッシャーをかけてくる。 しょうがないな、と苦笑して俺は後ろから長門の肩を抱いた。 「悪かったな。」 もちろんさっきの津波は長門の仕業だろう 何故あんなことを? というのも分かる、ただの嫉妬からだ。 先ほどの俺とハルヒの姿が長門にはいちゃついてるように見えたのだろう。 と考えていた俺の息子を、海パン越しに小さな手がつかんだ。 長門はゆっくりと振り向くと冷徹に言い放った。 「勃起している」 それは男の悲しい性と言うものだ、長門 「そう」 まるで虫けらか塵を見るような、絶対零度が暖かく思えるような眼差しで俺を見据える。 そして俺の息子を掴む力が強くなる。 「ごめんなさいもうしません赦してください調子に乗ってました猛省します」 考え付く限りすべての謝罪の言葉を息もつかずに使うが、それでも俺の息子を掴む力が弱まることはない。 そろそろ使用不能になるかも、といった考えが脳裏に浮かんだとき、俺はついに観念した。 「俺が好きなのは、長門だけだ」 こんな台詞、俺のキャラじゃねぇな 目を瞑り多少顔が赤くなっていることを自覚しながらそんなことを考えていると ふっ、と息子が圧迫感から解放された 目を開くとそこには、うれしそうに少しだけ顔をほころばせる長門 あー、かわいいぞこんちくしょー 俺は体を寄せ顔を近づける、長門も応えるように瞼を閉じ顔を寄せる。 フレンチキスから入り、ディープへ 一分ほど唾液交換を楽しみ、口を離す いい感じに蕩けた表情の長門、わずかに開いた唇から熱い吐息がこぼれる その熱に喜んで感染した俺は体を支えていた右腕を使い、長門のあごに添える そして顎や首元を、撫でるように愛撫する 「…ん」 まるで猫のように悶える長門 堪らなくなった俺は、長門の唇にできた僅かな隙間に人差し指を挿し込んだ 「!」 一瞬驚くも、すぐに受け入れる長門 自らずぶずぶと指を咥え込む。 俺といえば長門の口内の柔らかさと暖かさに肉棒がさらに硬くなるのを感じた。 そんな俺の表所見て何を思ったのか、長門は俺の指を愛撫しだした。 唾液に塗れた舌が俺の指を嘗め回す。 指から伝わる刺激は激しく、背骨が蕩けるような快感が体を支配した。 「くっ」 思わず引き抜こうとした俺の指を、長門の甘噛みが止める。 長門の整った歯が、触覚と痛覚の中間の感覚で俺を攻める とその時、長門は海パンの中の肉棒に手を伸ばした。 先程とは違い、優しく俺の竿を握り、しごく 長門のやわらかくて綺麗な手が、俺の汚いものを愛撫している その事実が、感じる快楽を倍増させた。 指と股間を同時に攻められ、限界が近くなった俺は思わず声を漏らした 「つっ」 無様にも漏れた俺の声を聞くと、長門は陰茎から手を離した。 股間から送られる快感の中断にこれで終わりか? そう思った時、今度は咥えられっぱなしだった指が離された。 呆然とする俺を見た長門は、小さく頷くといきなり水中に潜った。 ザブッ 海に消えた長門を、残された浮き輪と共に待っていると ズルッ 突然海パンがずりおろさた 抵抗する暇も、身構える余裕も無い、 そして一瞬の隙に、膨張しきった俺の息子はぱくりと咥えこまれていた。 もちろん魚などではない、長門の仕業だ まさか水中で口淫とは、さすが宇宙人やることが違う。 「…………っ」 馬鹿なことを考えてる間に、長門は口撃を開始した。 口に海水を含みながら陰茎を小さな唇でしごき上げ、手は睾丸を攻め立てる。 俺の視界には透明度の高くない水の中にゆらゆらと蠢く物、長門の髪が見えるだけだ 「っ」 先程までで十分勃起していた肉棒は、宇宙一の娼婦にあっという間に発射寸前にされていた。 青い空の下で射精する事に俺の常識が非難の声を上げるが、そんな物は本能の一発で完全に消滅した。 俺は長門の頭をやや強引に掴むと、自ら動き出した。 突然の凶行に僅かに暴れる長門、だがそれすらも快楽にして俺は腰を振った。 程なく限界を感じ、肉棒をを限界まで長門の口の中に埋める 息子の先端に、長門ののどちんこを感じた瞬間 俺は溜まったものを怒涛の如く放出した。 ドクンッ 「うっ!」 あまりの快楽に思わず口から声がこぼれた。 そしてあまりの量に、そして直に喉に出される感触にピクピクと震える長門の頭 全て出し終えると同時に、俺は長門の頭を掴んだ手を離した。 すごい勢いで俺の眼前に浮上する長門の影 「ぷはっ」 さすがに水中フェラはきつかったのだろう 水面に出ると同時に俺につかまり、長門にしては大きく息を吸った。 そのまま俺に全体重を預けるように、強く抱きついてきた。 多少の罪悪感もあった俺は優しく背中をさすってやる。 「大丈夫か?」 今更やさしくなる俺を長門は少しだけ白い目で見た後、呟いた。 「塩辛かった」 あー、当然だな。ここ海だし そんなこと考えながら背中をさすっていると、突然長門が俺の片足に脚を絡めてきた。 一瞬驚いたが、理由はすぐに分かった。 というか、顔を真っ赤にして股間を擦るように腰を動かす長門を見れば一目瞭然だった。 考えれば、今日長門は快感を与えてばかり、快感を受けるほうは全然だ 大方、俺のモノを咥えていたら、アソコが熱くなっちまったのだろう。 この淫売が。 俺は、背中に廻した腕を使い、長門を抱き上げる そしてもう片腕を長門の可愛らしいお尻に廻し、股間の部分の水着をそっと引っ張る。 長門に目だけで確認を取る。挿れるぞ、と 長門は常人には理解できない角度、首を傾け肯定の意を示した。 ぐちゅっ と挿入の瞬間に音が自分の内側を通って聞こえてきた。 俺はいきり立った息子を長門の最奥まで、ゆっくりと突き入れた。 海水のおかげか長門の愛液のせいかは不明だが、抵抗はさほど感じなかった。 「あはっ」 自分の体内に俺の肉棒を感じたのか長門は惚けたように口を開き、嬉しそうに喘いだ。 まったく、お前がそんな声あげて俺がまともでいられると思ってんのか? 普段無表情でまともにしゃべらないお前がそんな顔しやがったら、俺の理性なんて一瞬で砕け散ることをそろそろ覚えてほしいね。 ぐっ! 「くぁっ」 長門が耐え切れず天を仰ぐ、まぁみっちり奥まで詰った状態でさらに抉り込まれたらそうなるか もちろんそこで止まるほど今の俺は優しくはない 長門の柔肉を抉るために、海水を掻き分け強烈なピストンを開始する。 「ひぃ、くぁ、ぎっ、うぁあっ」 暴れる長門を力いっぱい抱きしめることで抑えつける。 俺たちの周りの海水は激しい運動で水面が揺れていた、もしかすると遠くSOS団の誰かが見ているかもしれない そんな考えが頭の片隅によぎったが、それすらも俺を絶頂へと高める要素になっていた。 「あっ、がぁ、ぐっ、んあっ」 長門がさらに大きな声で悲鳴とも喘ぎ声ともつかない声をあげる。 いつもより声が大きいと感じるのは青姦だからだろうか? いい加減俺のほう限界だった、早くこの媚肉を俺の白濁したもので染め上げたい それだけしか考えられなくなっていた 「長門、いくぞっ」 長門の形のいい耳に囁いた後、噛み付く 長門の返答は、力のこもった抱擁と股間に感じる締め付け 俺は溜まりに溜まったものをためらいなく吐き出しだ。 「「―――――――――――――――――ッッ!!!!」」 俺と長門は同時に達し、声無き叫びが空気を振るわせた。 俺から長門へ吐き出されるものに脳裏が真っ白になるのを感じながら、それでも俺は長門を離さなかった。 「なぁ、長門」 余韻が過ぎ去り、跡がつくまで抱き合った手を離して俺は長門に尋ねた。 長門は視線だけで、何?と俺に聞いてくる。 俺は胸に満ちる愛情と不安を隠しながら、ゆっくりと口を開いた。 「………俺の海パン、どこだ?」 一瞬、時が止まった。 たらり 長門よ、お前とは長い付き合いだがマンガ汗をたらすところは始めて見たよ。 END 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 長門ユキの牢獄
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3679.html
――朝。 珍しく、いつもの時報が襲来する前から俺は覚醒していた。 ……というか、昨日は一睡もしてなかったからな。できるわけがない だが、その後は いつものように家を出て、 いつものように通学路で谷口と悪態を交わし、 いつものように眠たい授業を受けていたわけで、 何一つ日常に大きな変化は無かった。 ああ、倦怠ライフラブ。 そしてもちろん放課後は、はたから見ればなんだかよくわからないハチャメチャ部活動の部室へと足を向けるのだ。 あの暑苦しさは今日も健在で、何の恨みがあるのかは知らんが俺を攻撃し続けている。 そんなこんなを考えながら、俺は部室の扉を開く。 「長門」 俺は多少安堵した。 こいつはつい半日ぐらい前に俺と一緒にいた、いつもの長門だ。 もう雰囲気で分かってしまう自分を賞賛したい。まあ根本的に眼鏡の違いがあるんだが、 「よっ!」 「……なに」 いや、なにって言われてもなあ……はは。って、痛っ!! 「みんなー!!揃ってる―!?」 ……ノックはこいつに教え込むよりも、チンパンジーに教えるほうが楽そうだ。 「って、今日もあんたと有希しか来てないの? 昨日あんなに面白そうなこと提案したのに!」 昨日? その言葉に俺は引っかかった。もしかして、こいつや古泉の記憶はそのままなのか? 「き、昨日何があったんだっけ?」 「はあ!? あんた何言ってんのよ、もうその年でボケたの!? サッカーの話よサッカーの話!! みくるちゃんは来ないし、あんたも古泉くんも有希も即帰っちゃったからなんにも話しできなかったけどね!」 …長門はともかく古泉も帰ったのか? 「……あのパソコンの話は?」 「ああ! そうよパソコンパソコン! あたしが昨日使おうと思ったのに、立ち上げる前にみんな帰っちゃうんだもん!」 良かったよ。昨日の長門のバグ的情報操作は、存外うまくいったようだ。 直後。悔しいが、多少美少年的な色香の混じった聞き覚えのある声が部室に響く。 「おや、すみません! お取り込み中でしたか。」 何も取り込んでないからお前もすぐ入れ。 ……ってなんでお前は朝比奈さんをエスコートして一緒に来てるんだ! その手をはなしやがれ! 「よしよし! これで全員集まったわね! それじゃ、サッカー大会のミーティングを始めるわよ!」 やっぱりサッカー大会にでるはめになるのか…… 「とーぜんよ! 団長自身がこんなに楽しみなイベントを持ってきたんだから、あたしが皇族なったぐらいに敬意をはらって感謝してほしいぐらいよ!」 ハルヒは次々と独断でポジションを決めていく。 もっとも、いつぞやの野球大会のようにアミダで決められてもこまるけどね。 「あんたは何がやりたいの? どうしてもっていうなら、空いてるFWのところにねじ込んでやってもいいけど!」 いつかのデジャブのような気が、ちょっとだけした。 「長門はどうするんだ? まだポジション決まってないだろ。」 「……有希は……そうねぇ。みくるちゃんと一緒にDFでもやればいいと思うわ!」 長門の視線は本から離れ、ハルヒと俺の方向に向かっていた。 「お前、長門の運動神経をまだ見誤ってるな。意外にも、こいつはサッカーの鬼なんだぜ? お前と2トップを形成すれば、凄いことになる。」 ハルヒの見慣れたアヒル口。 「……でも、もしそうだとしても、万一にも有希がけがしたらアンタどうするのよ! 責任とれんの?」 んなこと言ったらなあ…… そう俺が返答しようとするのを遮るかのように、意外な声が響く。 「わたし……やってもいい」 場にいたほかのメンバーは目を丸くしていたが、正直俺も意外だったね。 「……え、えと有希がやりたい、っていうなら、あたしは別にいいけどっ!」 「じゃあ決まりだな。」 「…………んじゃあんたはどこにつくのよ。」 俺か? 俺はDFでもやらせてもらうよ。 ”忘れられない”ハットトリックを敵味方の目に焼き付ける――スーパーエースストライカー長門有希の活躍を見守りながらな。 長門有希の忘却 完
https://w.atwiki.jp/xghshuthj/pages/564.html
効果モンスター/レベル8/神属性/宇宙人族/攻撃力2500/守備力2500 このカードの効果は無効にできない。 このカードの効果を無効にする効果を無効にし破壊できる。 このカードが持ち主以外のフィールド上に存在する場合、 このカードのコントロールは持ち主に移る。 このモンスターはフィールド上にモンスターが2体以上存在する場合、 手札から特殊召喚できる。 1ターンに1度、手札を1枚捨て、自分のデッキの上から カードを4枚墓地へ送ることができる。 この効果で墓地へ送った「長門」と名のつくカードの数まで、 自分の墓地から「長門」と名のつくモンスターを特殊召喚できる。
https://w.atwiki.jp/777townforandroid/pages/368.html
デザイン 機種 フィーバー涼宮ハルヒの憂鬱 アニメーション あり スキル効果 50%の確率で北高祭モードが成立 消費SP 30 入手方法 イベント LvMAX経験値 ? 限界突破素材 限界突破先 限界突破元 長門有希or長門有希(眼鏡) 備考
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/14.html
長門有希の日記Ⅰ 学校から帰った。涼宮ハルヒおよびSOS団の動向に特に異常は認められなかった。今日も安泰。 マンションに入る。エレベータには誰も乗っていない。 わたしの部屋の様子がいつもと違う。 赤外線で見る。わずかながらドアから放熱している。 壁の向こうの熱光学反応を見る。台所付近に通常は存在しない粒子が漂っているのを確認。 用心深くドアを開ける。先ほどの粒子がわたしを包む。 誰も潜んでいる様子はないが、可視光と赤外線を切り替えながら廊下を進む。 台所を中心に室温が三度上昇している。 空気振動から察するに排気ダクトは機能しているようだ。 台所の壁を透視する。誰もいない。 意を決して中に入る。 「・・・」 IHクッキングヒーターに鍋が置かれてあった。まだ熱い。フタを取る。中身は・・・カレー。 これは・・・いったい誰が作成したのか。貝杓子を取って味をみる。 「ひとつひとつの具の切り方があまい」 わたしは分析を続けた。 「肉の炒め具合も香辛料の量もあまい。だからわたしに気づかれる」 気配を感じて振り向くと後ろで朝倉涼子が絶句していた。「・・・」 喜緑江美里が応える「な・・長門さん、そのカレー朝倉さんが作ったのよ」 朝倉涼子は目頭を押さえて走り出した。「あんまりだわっ」 うかつ。 「長門さん、あんな言い方よくありませんわ。追いかけて謝ってらっしゃい」 喜緑江美里が言う。言われなくてもそうする。 マンションを出た。 GPSで朝倉涼子の現在地を確認。衛星がひとつ軌道位置からずれている。NASAに連絡しなくては。 朝倉涼子は駅前の公園にいた。まるで探してくれと言わんばかり。 朝倉涼子は公園のベンチに座ってうつむいていた。近寄っても顔をあげようとしない。 「・・・すまない」わたしは謝った。 「いいわよ。どうせわたしの作るカレーなんてその程度のものよ」 「・・・すまない」わたしはもう一度謝った。 「わたしはここ数日カレーのレシピの研究に多大な時間を割いていた。 その結果他人の作る料理を分析するという悪い習慣を身に付けてしまった。 先ほどの言動は、不本意」 「そんなことはどうでもいいわ。わたしだって料理してみたいのよ。 誰かに食べてもらって、おいしいって言われたいのよ」 「・・・」要点が分からないので待つ。 「あなたは知らないでしょうけど、急進派ではね、いつもトップでないとだめなのよ。 ミスをしないかといつも見張られていて、誰かに足を引っ張られないかとビクビクしてる。 だからわたしは他人を思いやる気持ちをなかなか持てなかった。 地球に来て、それが大切なんだと知った」 わたしは朝倉涼子の隣に座った。 「わたしはね、誰かが喜ぶ顔が見たいだけなのよ。それがどう? 教室ではいつも優等生でいなくちゃならない。 涼宮ハルヒは目を合わそうともしない。SOS団には妙な結束が出来て中に入りこめない」 朝倉涼子は、人間で言うところの、いわゆる長女なのだ。 皆から尊敬されうらやましがられる存在でなければならない。 間違いを犯してはいけない。そんな暗黙の空気が彼女の生活圏を包んでいる。 「泣いても・・・いい」 わたしは朝倉涼子の肩を抱いた。 「ありがとう」 でも朝倉涼子は泣かなかった。強がりはオリジナルの個性のようだ。 「あなたの作ったカレーが食べたい」わたしは言った。 朝倉涼子はまだ離れない。気温が下がってきた。わたしは少しだけ体温を上げた。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/367.html
私は先日まで子猫を虐待していた。 夏だというのに肌寒い雨の日に私はその子猫と出会った。 親に見放されるような汚らわしいその子は両目が目ヤニで塞がりフラフラしてた。 「おいで」 虐待の限りを尽くすべく捕獲し連れ帰ることにする。 「江美理。猫拾った」「じゃん」という効果音とともに子猫を江美理の鼻先につきつける。 「わぁ~可愛い~!どこで拾って来たのこの子?」 可愛くなんかないよこんな汚い猫。 「帰り道」 「へぇ~あ、くしゃみした。寒いんだよお風呂入れてあげよ?」 「うん。あの……」 「なに?」 「涼子には黙っててね」 「そか。涼子ちゃんうるさいもんね。内緒で飼おうね」 私はコクリと肯首した。 「ありがと」 私は早速江美理が沸かしてくれた江戸っ子が入ったら悲鳴を上げるであろう38度のぬるま湯に小汚い子猫をぶち込み、ボロボロでクタクタになったタオルで手早く擦る。 ……水に怖がる子猫に何度も腕を引っかかれた。痛い… 「あなたなんかに長湯などさせない。たわけもの」 頭に来たのでペチッと子猫の頭を指で叩いてやった。 鷲掴みでぬるま湯から取り出しクタクタタオルで簀巻きにして精製水で濡らしただけの脱脂綿で目のあたりを摩擦してやった。 「炎症起こしてる……生意気。貴様には薄めまくった低刺激目薬で充分だ」 脱脂綿にその薄めた目薬をつけて摩擦 ふふ…さぞ痒いだろうからわざと柔らかく擦ってやった、ザマァミロ 「有希ぃ、なにさっきからブツブツ言ってんの?」 「あっ!今はダメ!」涼子が無遠慮に浴室のドアを開けて中を覗く。涼子のこういうガサツなところは治して欲しいと思う。 「ああっ!なにその猫!?ダメじゃない家のマンションはペット禁止なんだから!」 見付かっちゃった…江美理が申し訳なさそうに涼子の後ろで手でごめんのジェスチャーをしている。 「黙ってないでなんか言いなさいよ!」 言葉に詰まる… 「…………………だから」 「え、なに?」 「雨降ってたし可哀想だったから、つい…」 「……あたしは面倒みないからね」 涼子は少し困ったような顔をした後にこう言ってくれた。ありがとう… 涼子の了承を得た今、休む暇も与えず熱風攻撃を与えている。もどかしい程の弱い風を満遍なく吹き付けてやって乾燥させてやった。次にどうしたらいいか迷った私は虐待マニアの江美理に助言を求めた 「子猫って自分でおしっことか出来ないから手伝ってあげなきゃだよ?」 なるほど恥辱プレイか。 子猫を無理矢理仰向けにさせる。ふん…雄か… ならばまだ発達していない粗末な性器をお湯で濡らした脱脂綿で刺激してやろう。 おかしい…何も反応しない。 私がまごまごとしていると涼子が私から子猫を取り上げた。 「下手くそね!こうやるのよ!」 そう言うと涼子は乱暴に子猫の性器を刺激しだした。 「興奮して失禁した…?」 馬鹿な猫だ、見られながら放尿するとは。 「馬鹿、そんなんじゃないわよ」 涼子はもっと恥ずかしい思いをさせるべくまた性器を拭いている。 さて…次はどうするか、とりあえず粗末なタオルを何段もダンボールに敷き放置しよう。 「江美理、牛乳ある?」 「う~ん、あるけど子猫は体が弱いから猫用の牛乳じゃないとすぐお腹壊しちゃうわよ?」 「買ってくる」 人間様が飲む牛乳なんて飲ませてやるもんか。 私が取り急ぎ買いに行った猫用の不気味な白い粉を江美理にお湯で溶いてもらいわざとぬるくなるまで冷やす。 そして屈辱の赤ちゃんプレイ。哺入瓶の偽物乳頭を喰らえ。 「こんな不味そうな物を嬉しそうに飲むなんて…馬鹿な猫」 「なにさっきから変なスイッチ入れてるのよあんたは」 痛い、頭を叩かないで… ちなみに虐待マニアの江美理が「私にもやらせて」と言ってきたが断固拒否した。 さて、また恥辱の放尿プレイだ。恥ずかしい姿を晒すがいい。 むむ?こいつ…目なんか細めやがって… 腹が立ったから段ボールの中に放り込んでやる。熱責めしながら放置プレイだ。ゆっくり失神すればいい… そんなこんなで一週間、丸々としたお腹で足に縋ってくる子猫に最後の虐待。 私を女王と崇め奉る子猫を虐待好きな奴にゆずってあげた。 段ボールから縋るように見ても無駄だ、バカ猫… あなたなんかマンションなんかじゃないボロ家で私より虐待が得意なその人に虐待され続けるのがお似合い……ザマァミロ…連れてかれちゃえ…… 「馬鹿ね…泣くくらいなら最初から拾わなきゃいいのに…」 「涼子だって泣いてる」 「な、泣いてないわよ!これは欠伸でよ欠伸っ!」 「じゃあ私も」 〆 ~エピローグ~ あれから数日、子猫をゆずった人から手紙が届いた。 拝啓長門有希さん。 お元気ですか?長門さんからゆずってもらった子猫は元気なのね。元気過ぎて困ってるのね。 ルソーとも仲良しになって一安心なのね。 名前は長門さんの名前を一文字もらって「有芽(アメ)」にしたのね。たまには遊びに来て欲しいのね。 ついでにこの前頼まれた写真を同封しとくのね。 PS.猫の舌はザラザラしててご近所さんにも大評判なのね 「…………?」 「見事に虐待されてるわね…」 「これどういう意味?」 「えっ!?ゆ、有希ちゃんが気にすることじゃないから…」 「そ、そうそう有希が気にすることじゃないわよ!」 「…………?」 〆
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2548.html
長門有希の憂鬱Ⅰ 二 章 目の前に、口をあんぐり開けたおっさんがいた。 よれよれの服を着てベンチに座っている。 「あんた……今、そこに現れなかった?」前歯が一本欠けている。 「え……ええ」 「ワシゃずっと見てたんだが。あんた、そこに、いきなり現れた」 「そうですか……?たいしたことじゃありません」人がいきなり出現したなんて全然たいしたことだろうよ。 ホームレスっぽいおっさんは俺をまじまじと見つめていた。 やがて飽きたのか、目を閉じ、うとうとしはじめた。 ここはいったいどこだろうか。俺は目をこすって周りを見た。 ほっぺたをパシパシと叩いてみた。これは夢じゃない。人が大勢歩いてる。閉鎖空間でもないようだ。 どこからか列車の発車を告げるアナウンスが聞こえた。どうやら駅のコンコースらしい。 駅の名前は見慣れない、俺の知らない地名だった。 さて、これからどうするかだが。長門を探さないといけない。 俺は携帯を取り出して長門にかけた。話中の音が鳴りっぱなしで、画面を見ると圏外になっている。 「こんな繁華街で圏外か!?」 しかたないので公衆電話を探した。 ── おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。 なんてこった。そんなはずがあるか。長門が引っ越したりするもんか。 携帯は登録されていない状態だと圏外表示になるのだということを後になって知ったのだが、 思えば、安易に電話なんかかけて簡単に見つかるだろうと思っていた俺も浅はかだった。 おかしいと思って公衆電話から自分の携帯にかけてみて、やっとそれが分かった。 ところで今はいつだ。俺はおっさんに声をかけようとして、その向こうにキオスクを見つけた。 新聞を買いに行った。ふつーによく知られている全国紙だ。 日付は合っている。俺はてっきり七月七日にでも飛ばされたのかと思っていたが。 まあ気温がそうじゃないことはすぐに肌で分かった。 時間は……と。噴水の前にあるでかい時計が午前十時を指していた。 俺の腕時計はまだ深夜二時だった。時計を十時に合わせた。 俺は切符売り場に向かった。ここがどこであれ、いったん地元に戻らないとな。 自動券売機のコーナーでちょっと立ち止まった。JRの路線図に俺の地元が載ってない。 そんなに遠方にいるのか俺は。飛行機で行ったほうが早いかもしれないな。 俺はみどりの窓口で行き先を告げた。 「お客様、ええと、そういう名前の駅はないようなんですが。何県になります?」 窓口の駅員が怪訝な顔をしてこっちを見た。 俺は地元の県名を告げた。 「あの、その県にはおっしゃる駅はないんですが……。路線名は分かります?」 ちょっと待った。なにか妙な雰囲気だぞ。いくらなんでも駅員が知らないなんてことはあるまい。 「すいません、ちょっと調べてきます」俺はあたふたとその場を去った。 路線を地図で調べたいんだが、どこかに本屋でもないだろうか。 駅を出て数分うろうろしているとネットカフェの看板が目に入った。 ちょうどいい。眠気覚ましにコーヒーでも飲もう。 ネットカフェに入り、チケットを買ってパソコンの前に座った。困ったときのぐーぐる様である。 GoogleMapで駅と地名を検索してみた。存在しない。ありえん……。 県名までは出てくるが俺の地元がない。地図上では別の名前になっていた。 もしかして最近流行の市町村合併か?いきなりそれはないよな。 それから知っている地名、建物、百貨店なんかを手当たり次第に検索したがいっこうに出てこない。 北高がない。いくらなんでも県立高校がなくなるなんてことはないだろう。だが存在しない。 俺は思い当たるもので検索できそうな単語を必死に入力した。 その影でなにかがささやく。この状況はもっと根本的なところでおかしい、と。 地元がないということは、つまりハルヒはじめSOS団のメンツ全員がいない。 おそらく俺の家もなく家族もいないということだろう。 前みたいに、少なくとも別の人生を歩んでいるあいつらがいてくれたら、長門もそこにいるかもしれないのだが。 その希望もあっけなく消えてしまうだろうと気が付いた。 暴走したときの長門を思い出して背筋が寒くなった。 日本の国土を書き換えるなんて、まさか長門……お前がやっちまったのか。 俺はその場で凍りついたまま動かなかった。 ハルヒといえば、そうだ。あの文庫本だ。 ずっと手に持っていたはずなんだが、どこにやったんだろう。 入れたつもりはないんだが、バックパックの中にあった。 「手がかりはこれだけか……」 俺はパラパラとめくってみた。さっきやったように読み返してみたが、今度は何も起らない。 初版の日付が未来にずれているだけで、ほかはいたって普通のラノベだ。 俺の知ってるやつらが出演している以外は。 しばらく腕を組んで考え込んだが、どこから考えればいいのかまったく分からない。 冷めたコーヒーを飲み干して、俺はバックパックをかついだ。 ウェブブラウザを閉じる前に、俺はやっと事件の糸口を掴む単語を入力した。 これを最初に気が付かなかったのは、やっぱり俺は推理小説やミステリーには向いてないからだと思う。 “谷川流。たにがわながる、ライトノベル作家。兵庫県在住” 真っ暗闇のなか、はるか遠くにかすかに小さな光が見えた。 一時間後、俺は新大阪行きの新幹線に乗っていた。 高速で走る車両の心地よい揺れを感じながら、いくつか分かったことを考えていた。 日時はずれていない。俺のいた日付と一致する。 だが俺の住んでいた町がない。つまり家も、北高も、SOS団のメンツもいない。 ひょっとすると日本のどこかで、俺とは接点のないまったく別の人生を歩いているあいつらがいるのかもしれないが。 この世界に存在する谷川とかいう作家が唯一の手がかりだ。接触してみれば何か分かるかもしれない。 まさか自宅に押しかけるわけにはいかないが、ちょうど書店でサイン会をやる予定らしい。 俺は自分の素性を明かすかどうか迷ったが、その結果がどうなるかは予想できないので、 とりあえず今は考えないことにした。 眠気に誘われてうとうとしはじめた。考えてみればあまり寝ていない。 夢うつつの中、俺は数時間前、部室であったことを思い返していた。 俺は深々と冷える部室で椅子に座り、(念のため長門が座っていた椅子を窓際に持っていってから)文庫本を開いた。 内容は古泉が言っていたとおり、俺が書いた風な文体で、俺の視点から見たSOS団の懲りない面々の話だった。 ページをめくる手がやや震えていた。 俺が言うのも変だが、話としてはなかなかに笑える。 古泉が実はアレだったとか、ピンチで鶴屋さんに助けられるとか、ハルヒの意外な一面とか。 まあフィクション、ノンフィクションは別として。 というかSOS団みたいな超こっけいな集団だから、なにを書いてもネタになるだろう。 確かに登場人物には、俺の知ってるメンツは出てくる。端役とも言える俺の妹とシャミセンすら出てくる。 だがエピソードは作られた話だ。季節が時間的にずっと先の話になっているし、こんなネタはまずあり得ない。 これはつまり、俺の知らないSOS団の話じゃないか。そうとも思える。 ページをめくる手が、本の半ばにかかった頃、次のエピソードに移った。 その冒頭を読んだ瞬間、俺は目を疑った。 “「不可解な現象が起こりました」 部室に入るなり古泉がしかめ面をして見せた。” 同じセリフを数日前に聞いた。同じ場所で。 さらに長門が消えて、喜緑さんがやってきて、長門に何があったのかと尋ねる。 俺が見たのと同じ行程がそこにあった。 で、その二日後に俺は長門の夢を見て、古泉に電話して……部室に来て。 文庫を開いている俺がいる。 「俺が読んでいる本を俺が読んでいる!」いやまて、その俺を読んでる俺が読んでいるわけで、 ああっもう無駄にややこしい。 これじゃまるで二枚の鏡に写る自分じゃないか。 こんな頭痛しそうな無限ループの設定を考えたのはいったい誰だ。 そこで俺が次のページをめくると、 “そこで俺が次のページをめくると、そこで俺が次のページをめくると、そこで俺が次のページをめくると、” めくると、そこにはただ、挿絵でナスカの地上絵にあったような象形文字が。 いつだったかハルヒと俺が東中のグラウンドに描いた、あれだった。 これの意味は確か、「わたしは、ここにいる」 その言葉をなにげなく口に出した、次の瞬間。周りがぼうっと明るくなった。 俺だけが光の球の中にいるようだ。 「長門……もしかしてこれか?」お前が遭遇したのはこれなのか。 周囲は音もなく静かで、塵ひとつ舞わない。長門が消えたときのような、嵐のような衝撃は起こらなかった。 ただ、なぜか俺以外の時間がゆるやかに巡っているような感覚はあった。 部室の様子がホワイトアウトし、よくは見えないが別の風景が見えてきた。 数十秒か数分間か、意外に長かったその白い光も徐々に消えた。 喧騒のノイズが一気にボリュームを上げて耳に入ってきた。俺は人ごみのなかにいた。 目の前に、口をぽかんと開けたおっさんが座っていた。 そこで目が覚めた。時計を見ると、最初の駅を出てまだ十分しか経っていない。 新大阪に着くまで、もう一眠りすることにした。 新大阪で降りて在来線に乗り換え、大阪駅まで行った。 数時間座りつづけていた俺は腰を伸ばした。 駅のホームに降り立って、なぜだか分からないが安堵に似たものを感じた。 喧騒と排気ガスと適度に汚れた空気がそこに生きる人たちの存在を感じさせる。 谷川氏のサイン会は明日だ。それまでどうやって時間を潰すか。 とりあえず書店の下見でもしておくか。俺は地下街を通って梅田駅に向かった。 ── 谷川流先生サイン会 午後二時~。あらかじめレジにて整理券をお求めください 店頭のイベントパネルにそう書かれてあった。 「すいません、明日のサイン会の整理券ってまだあります?」 「えっと、もう残ってなかったんじゃ……。 あ、お客様、一枚だけありますわ」 「ほんとですか、くださいください」 「最後の一枚です」 レジのお姉さんのスマイルのまわりに白く靄がかかっているようで、俺には天使のように見えた。 幸先がいい。運が俺に味方しているようだ。 「漫画か小説をお買い求めいただけますか」 「ハ、ハイッ」俺は喜々として言った。もう何冊でも買って差し上げますよ。 そこにあったものは……。 「な、なんじゃこりゃ!!」 店員と、その場にいた客の全員がこっちを見た。 平積みのテーブルに、小説、漫画、DVD、販促用のノボリ、ポップ、ポスター、すべてにハルヒがいた。 書店の一角を埋め尽くす、涼宮ハルヒコーナーとでも表現しようか。 そのときの全員に見られた俺の唖然とした表情は、まったく名状しがたいものだっただろう。 「お客様、どうかなさいました?」 「え、いえいえなんでもないです。すいません」 古泉、あのときお前の言ったことは正しかったかもしれん。こりゃまさに神扱いだ。 俺はとりあえず小説を片っ端から一冊ずつ重ねて、ろくに数えもせずレジに向かった。 俺は店員に尋ねた。 「あの……すいません、涼宮ハルヒってどれくらい知られてるんですか」 「ご存知ありません?去年アニメで大ブレイクして、おかげさまで在庫が足りないくらいですよ。 小説の発行部数が二百七十万部とか聞いてます」 「……」 これはどういう現象なんだ。ハルヒ、お前、いったいなにやらかしたんだ。 考えろ俺、この世界には俺の住んでる地元がない。なのにハルヒは存在する。これはどういうこと? 俺の世界のハルヒとこっちの世界のハルヒとは根本的に存在が違う。 アニメとか小説の類ってのは、つまり、こっちでは“架空の人物”だ。 こっちのは作られた人格で、たぶんそこにいる俺もそうだ。長門も朝比奈さんも、古泉も。 喜緑さん、あなたの言っていた未知の世界ってこれだったんですか。 この謎を解くにはどうしても谷川氏に会わなくてはならない。それが鍵だ。 俺は買い占めたハルヒ小説をバックパックに無理やり押し込んで書店を出た。 レジのお姉さんに、ここから近いネットカフェを教えてもらった。 もう一度振り返ってラノベ、いやハルヒコーナーを見たが。 どう見ても違和感を感じるくらいに派手だ。 このありさま、ハルヒのやつ、まさか他所様の世界にまでちょっかい出したんじゃないだろうな。 思えば、この世界は俺のいた世界とはなにか空気が違う。 化学的に言うO2やCO2ではなくて、雰囲気というか。 曖昧だがなにかこう安心できない、殺伐としている、といったほうがいいだろうか。 俺のいた世界ではこの感覚はなかった。どこへ行こうが、自分がそこにいるという感じがあった。 俺はこっちに来て自分の希薄さを感じている。 そんなことをあれやこれや考えつつ歩道を歩いていると、 百貨店の前を通り過ぎてからなにかがひっかかった。 目の端でずっと妙な既視感を感じていたのだが、ふと足を止めて後ろを振り返った。 この風景は前にも見たことがある。 そうだ、忘れもしない閉鎖空間。いや、閉鎖空間の入り口というべきか。 朝倉が消えた次の日、古泉にタクシーに乗せられてどり着いたのが、ここだ。 若干風景が違うような気はするが。建物の形、配置は似ている。 あのとき目に焼きついた映像は忘れもしない。 今、俺の目に映っている風景、これにどんな意味があるのかしばらく考えていた。 俺はなにかに押されるように横断歩道を歩き出した。 ここだ。ここで古泉が立ち止まり、こう言った。 ── ここまでお連れして言うのも何ですが、今ならまだ引き返せますよ。 すぐ連れ戻してくれ、今の俺ならそう言いたい。 青の信号が点滅をはじめる。俺は目を閉じて数歩を進んだ。 ……なにも、起らない。クラクションを鳴らされて俺は歩道まで走った。 なにやってんだ俺は。ここがもし閉鎖空間の入り口だったとしても、俺は超能力者じゃない。 だが俺の中にはなにかあきらめきれないものがあった。 ここと向こうの世界に、なにかつながりのようなものが欲しかった。 それから三度、同じ横断歩道をいったり来たりして、結局はあきらめた。 あきらめた後も、しばらく歩道でたたずんでいた。 知っている風景に、やっとひとつめぐり会えた。それが異空間への入り口だなんて、あまりに皮肉すぎる。 やっと出合った知った風景。歩きながら何度も振り返りつつ、俺はネットカフェに向かった。 チケットを買ってパソコンの前に座った。客は少ない。 俺はバックパックからハルヒの小説を取り出した。数えてみたが十巻もある。 憂鬱、溜息、退屈、消失……。しっかしまあ、SOS団によくこれだけのネタがあったもんだ。 憂鬱から読んでみたが、どれも俺が知ってることばかりだ。当然っちゃ当然、俺が出てるんだからな。 ハルヒとの出会いも、SOS団設立のいきさつも俺の記憶どおりだ。すべて一致する。 一致するどころか俺の口調やら性格やらを完璧に表現している。 どうやったらこんなことが可能なんだろう。情報統合思念体みたいなやつが二十四時間監視でもしてたのか。 だが昨日読んだ十三巻だけは別だった。これの内容はまったく記憶にない。 俺はウェブブラウザで、困ったときのぐーぐる様を呼び出して、十三巻のタイトルで検索してみた。 検索結果 0件。やっぱりな。まだ存在するはずがない本のタイトルが出てくるわけはない。 俺はハルヒの名前を入力してみた。数十件くらいは出てくるだろう。 ── 涼宮ハルヒ の検索結果 約3,720,000件 さ……さん……ありかよ!思わず声に出してそう叫びそうになった。ハルヒだけで三百七十二万件だと!?。 あいつはこの情報社会を征服するつもりか。 ── 長門有希 の検索結果 約947,000件 ── 朝比奈みくる の検索結果 約677,000件 ── 古泉一樹 の検索結果 約152,000件 俺はもう笑いが止まらなかった。お前ら、こんなところにいやがったのかよ。 俺はそれで安堵したというか、あきらめの境地というか。みるみる顔がゆるんでいく。 すべては妄想の産物で、現実の場所を探していたのは間違いだったわけか。 俺は我に返った。長門は現実にいるはずだ。この九十四万件余の中に必ずいるはずだ。 いたとしても探し出すのは至難の業にちがいないが。 長門有希とは-はてなダイアリー、長門有希フィギュア、長門有希の百冊、長門有希同盟?なんじゃこりゃ。 無数のうちの五十件目くらいだったか、ひとつだけ気になるサイトがあった。 ── 長門有希の中央図書館 図書館か。外観の写真が載っていた。俺と長門が訪れたアレに似ている。 もし長門が俺を待っているとしたら、図書館周辺になにかを残しているかもしれない。十分考えられる。 この図書館どこにあるんだ?……西宮市か。 なにかが閃いた。俺はバックパックを担いですぐさま店を飛び出した。 コーヒーもネカフェのチケットもどうでもいい。 今すぐ、図書館へ。そこになにかがあるはず。長門はそこにいる。頼むからいてくれ。 俺は梅田から電車に飛び乗った。行き先は西宮。路線図を辿ると西宮北口と書いてある。 「これ……あの北口駅か?」 俺の知ってる鉄道会社とは名前が若干違うが、車両も知っている、このアナウンスも耳慣れている。 なんとなくではあるが、見慣れている気がする風景が車窓を流れていく。 俺は狂喜した。俺の地元はすぐそこだ、確信があった。 「北口だ!北口駅じゃないか!」 改札を出た俺はまるで、独裁政権下の圧制から亡命してきて飛行機から今降り立った市民のように 地面にキスでもしそうな勢いだった。消えたわけじゃない、名前が違うだけで実在するんだ。 目の前に広がるこの空間、ここでSOS団のメンツが集合し、喫茶店に入り、遅れて来た俺が毎回勘定を払う。 「遅い!罰金!」 そこにハルヒがいて、相変わらず制服しか着てこない長門がいて、美しく着飾った朝比奈さんがいれば、 いつもの俺の生活圏じゃないか。 まあ爽やかスマイルの古泉はどうでもいいんだが、いてくれたほうがいい。 駅前の小さな書店で市内の地図を買った。 縮尺が小さくていまいち分かりづらいが、地名を知る程度なら十分だ。 北口駅、甲陽園駅、路線名と駅名は違うが確かにある。 つまり、俺の知ってる人物はいないが、施設や建築物はある、ということになるな。 俺はこの空間のどこまでが俺の現実と一致しているのかを確かめることにした。 駅前公園から北へ数分歩く。果たしてそれは、あった。ドリーム! 忘れることがあってたまろうか。厳しい小遣いのなかからこの店につぎ込んだ飲食費は相当なものだ。 そういえばここで喜緑さんがバイトしてたこともあったな。とりあえずいつものように俺はドアをくぐった。 内装は若干違う気がするが、同じ焙煎コーヒーの匂いがして少し安心した。 いつものテーブルにつくと店員がやってきた。 顔をまじまじと見てみるが、俺には見覚えがない。 「いらっしゃいませ。お客さん、もしかしてハルヒ見ていらしたんですか」 俺が手にしている文庫本を見ながら言った。 「え…ええまあ」いつも来慣れていて馴染みの客のつもりだったが、今回は冷や汗ものだった。 俺がキョン本人だなんてとても言えない。それに俺はアニオタでもないから。 そう。この席だ。SOS団一同、市内不思議パトロールと称してただその辺を練り歩いただけの一日。 結局ハルヒが何をしたかったのか、俺にも分からん。 一度は朝比奈さんと既定事項作りに奔走したが、あれはハルヒの知るところではないはず。 コーヒーをすすりながらそんなことを思い出していた。味も香りも同じだった。 とりあえず閉鎖空間の入り口と、北口駅と、この喫茶店。 若干風景が違うものの、知っている場所が存在することは分かった。俺の既定事項はまだあるはずだ。 そうだ。図書館に行こう。 時計を見ると四時を回っていた。あまりゆっくりもしていられない。 西宮中央図書館、ウェブサイトにはそうあった。 名前は似ているが果たして俺の知るままで存在するのか。 北口駅から南西に向かって歩く。 このコース、第一回市内不思議パトロールのとき、長門と歩いた道だ。 しかし考えてみれば、市立図書館といえば北口駅のすぐ真北のビルに支所があるのに、 なんでわざわざ中央図書館まで歩いたりしたのか、我ながら不思議だ。 歩いていくと、ところどころで知っている建物は見かけた。ジロジロと見るのはまずいのでさりげなく通り過ぎた。 俺は気付いた。似ている、と、まったく同じ、とは違う。 この、部分的に似ていてその他は違うという地理、街の景観はいったい何なのだろうか。 誰がこれを作ったのだろう?。長門なら納得のいく答えを持っているかもしれない。 図書館に着いたのは五時過ぎていた。 ここから北に十分くらいのところに駅があったのだが、途中になにかヒントでもないかと思い、延々ここまで歩いた。 俺の知る図書館と外観は同じだ。中に入ると暖房の効いた部屋が俺を迎えた。人は空いていた。 さてこれからどうしたものかと、周りを見回した。長門らしき人影がいないかと、 書架をうろうろしてみたが、まったく見当たらない。歩き疲れた俺は椅子に腰かけた。 あのとき、長門に貸し出しカードを作ってやったんだったな。 俺は立ち上がって、あのときと同じ、“学校を出よう”を探した。 それから居眠りをし、マナーモードにしていた携帯に起こされたんだ。 ポケットから携帯を取り出してみたが、圏外表示は変わらない。 “学校を出よう”は離れたところで見つけた。知っているはずの文庫小説のコーナーは別の棚になっていた。 記憶喪失の患者が、記憶を取り戻しつつある状態になると、それを失う前にやっていた同じ行程を辿る。 今の俺はまさにそんな感じだった。 これから何をすればいいのか考えていなかった。考えるより先に足が進んでしまう俺の悪い癖だ。 俺は出入りする人をじっと観察することにした。万が一、知っている顔が通るかもしれない。 この時期、受験が近いからか学生が多いようだ。 腕組みをしてしばらく眺めていたのだが、ついうとうとし、気が付くとそろそろ閉館時間が来ていた。 携帯には起こされなかった。 俺はバックパックを背負って、持っていた文庫を棚に返しに行こうとした。 文庫小説の棚の前に、きゃしゃなセーラー服の後姿を見た。 「な、長門!」つい叫んでしまった。 肩に手を触れてしまい、そして振り返ったその子は、メガネをかけ、短髪で風貌は似ているのだが長門ではなかった。 「あ……すいません。人違いでした」 女子高生は顔に縦線を入れて俺を見ていた。ちゃうって、俺アニオタじゃないって。 俺は顔から火が出そうになり、そそくさとその場を逃げ出した。 俺は寝ぼけていたんだと思う。 閉館のアナウンスが流れた。時計の針が七時を指した。俺は図書館を後にした。 長門、俺がやってることは間違ってないよなぁ?なあ? 図書館で見知らぬ女子高生に話し掛けるなんて、どう見てもナンパです。本当に。 俺は間違っていないんだと、無理にでも自分に言い聞かせつつ図書館を後にした。 これで既定事項は四つ目か。 来た道を戻らず、まっすぐ北に向かって歩き、夙川駅までたどり着いた。 ここまで来たんだ、どうせなら本拠地に行こう。 そう、甲陽園駅に。その名前からして、どう考えても光陽園駅じゃないか。 俺は電車に乗り込んだ。下り線はもう帰りの通勤客でいっぱいだ。 車窓の外はもう日が暮れていた。俺は見慣れた風景が見えないかとじっと外を見ていた。 桜並木がある川沿いの公園は分かった。 朝比奈さんからトンデモ告白をされて、ハルヒが時期はずれに花を咲かせてしまったあの公園の桜だ。 甲陽園駅に着くと、登り電車になり、学生の姿をちらほら見かけた。 大阪駅、西宮北口、甲陽園駅と辿るにつれて、俺の郷愁がうずく。少しずつ核心に近づいている気がする。 だがそいつらのは見慣れない制服だった。 駅を出て坂道を登る。 そう、俺が目指しているのは長門の住む、もしくは住んでいるはずのマンションだった。 ちゃんとある。マンションが見えたが、若干違う気がする。玄関口は似ているが。 四年前の七夕の日、そのときの長門は初対面の俺と朝比奈さんを迎え入れてくれた。 誰も頼れる人がいない、見知らぬ場所(厳密には時間だが)で長門に会ったとき、安堵の溜息が出たものだ。 正直、長門がそこにいるとは思ってはいなかったが、俺は一縷の望みにかけた。 俺はオートロックのインターホンで七〇八を押した。この馴染みの番号を押すのは何度目だろう。 「宅急便です、斉藤さんちはこちらでよろしいでしょうか」 スピーカーから聞こえてきた怒鳴り声は、長門の声とは似ても似つかないものだった。 「ちょいとアンタ!またオタクの人!?いいかげんにしないと警察呼ぶわよ!」 「スイマセン!」 なんだなんだ、宅急便が嫌いなのか?俺はそそくさと退散した。 アニメオタクとは人聞きの悪い。 えーとつまり、長門がここに住んでると思ってるやつがいて、 ここの住民はそいつらのいたずらに迷惑しているということか?。 ここのインターホンにはカメラが付いてたんだった。うかつだったな。 せめて配達員らいし帽子でも被るべきだった。 さっき怒鳴られた声で一気に疲れが出た気がする。腹も減った。とりあえず大阪駅に戻ろう。 いつもの俺ならこの時間に登りの電車に乗ることはないんだが、下校する学生に混じって梅田駅を目指した。 俺の北高はこっちではどうなってるのか確かめたいところだったが、今日は撤退することにした。時間も時間だ。 それに今晩どこに泊まるか考えないといけない。 午前中に行った二十四時間営業のネットカフェで深夜パックを買おうかと思っていたのだが、甘かった。 「お客さん、学生さんよね。ごめんねー、十八才未満の人、十時以降はだめなんだよねぇ」 「あ、そうなんですか……。あの、実は今日行くところがなくて……。一晩だけお願いできませんか」 俺はすがるような目でレジのおばちゃんを見つめてみた。 「ごめんねぇ。最近、青少年条例とやらが厳しくてね。夜たまにおまわりさんが巡回してくるのよね。 未成年を泊めたことがバレたら営業停止させられちまう」 俺のために営業停止に追い込むわけにはいかない。これ以上は頼めなかった。 となると、あとはまっとうな宿泊施設か。まっとうと言ってもそんな高い料金は払えない。 風呂に入るのもいいかと思い、カプセルホテルに入ってみた。 「あー、お客さん身分証とかある?十八才未満はだめなんだわ。ジョウレイよジョウレイ」 「はぁ。そうなんですか」ここもだめか。 残るは観光ホテルだが、この辺の高級ホテルは一泊二万くらいはするだろう。そんな金額とても払えない。 こうなりゃ野宿するしかないか。この寒風吹きすさぶ師走にか?。 二十四時間のファミレスとかで時間を潰してもかまわないんだが、それこそ補導されてしまう。 そんなことになったら身元を証明するどころか、病院送りにされるのがオチだ。 アッチの世界から来ました、なんてとても言えない。 駅ビルのハンバーガーショップで晩飯を食いながら、これからのことを考えた。 もしこのまま長門が見つからず、向こうの世界に帰ることもできなかったら。 簡単にあきらめるわけにはいかないが、これが長期戦になるんだとしたら、 とりあえず食っていくことを考えないといけないかもしれない。しかし住むところもないしな。 ドヤ街でしばらく寝泊りして、学生OKなバイト先を探して、なんて柄にもないことを考えていた。 俺はMサイズのコーラをズルズルと飲み干して店を出た。 駅周辺をあてもなく歩いていると、ガード下に段ボールのかたまりを見つけた。 ホームレスが住んでいるらしい。あれ、借りようかな。 ちょっと躊躇したが、贅沢は言ってられない。 俺は一度、駅ビルに戻った。荷物を全部コインロッカーに預け、身軽にしておく。 財布から札を抜き取り、二~三千円だけ持っておく。 手土産にコンビニで酒とつまみを調達したいんだが、未成年の俺に売ってくれるだろうか。 客が多いコンビニを選んで入った。缶ビールを数本、袋のつまみ、弁当をカゴに入れてレジに並んだ。 店員はチラと俺を見たが何も言わなかった。 どう見ても十八才未満なのにな。汚れた格好してたから見逃してくれたのか。 うす暗いガード下に行った。 電車がひっきりなしにガタゴトと音を立てている。こんなとこでよく眠れるよな。 ホームレスは数人いるようだ。リヤカーに畳んだ段ボール箱が山積みしてあった。 あれを一枚だけ分けてもらおう。 俺は多少はマシそうな格好をしているホームレスのおっさんに話し掛けた。 「あの、スイマセン」 ちょっと怖かったが、ここで寝るにはどうしてもホームレスの許可がいりそうな気がした。 「なんだぁ役人か!ワシはここから動かねーぞ!」 「いえ、違うんです。段ボールを一晩貸してもらえないかと」 「ワシの家を貸せだと?どこの馬の骨か知らんテメェに貸すような──」 「差し入れもあります」俺は缶ビールを差し出した。 それをまじまじと見て、おっさんは考え直したようだ。 「ガハハハ。まあ座れ。あんちゃん、家出か」おっさんは歯の抜けた口を大きく開けながら笑った。 「いえ。家に帰りたいんですが、今日は泊まるところがなくて」 「そうかあ。ま、人生にはそういう日もあるわなぁ。とりあえず飲め」 「はい。いただきます」俺は正座して自分が買ってきたビールを飲んだ。 ほんとは飲めないんだが、付き合っていたほうがよさそうな雰囲気なのと、 正直酔っ払いたい気分でもあった。 「あんちゃん、正座なんかしねーで足くずせよ。ミカーサ、スカーサって言うだろ」 このおっさん南米人か。 おっさんとぼそぼそと話しているとまわりのホームレスが集まってきた。 「サンちゃん、珍しくお客さんかい。もしかして息子かい?」 「子供がいたなんて初耳たぜサンキチ、おめー隅におけねーな」 「女に縁のないワシに息子がおるわけなかろうがバカタレ」おっさんは唾を飛ばして怒鳴った。 「で、あんちゃん、親父と喧嘩でもしたんか?」おっさんは俺の肩を叩いた。 「いえ、そういうわけじゃないんですが」 「ワシなんかよ、十五歳で家を飛び出してそれっきりよ。あ、一度だけ帰ったかな。妹の結婚式に。 そんときゃ親戚一同からどやされてよ。何しに帰ってきやがった!よ。 オレは思ったね。これが血を分けたやつらの言うことかよ、とね。それっきりよ」 おっさん達が涙ぐんでいる。なんなんだ、この安いドラマみたいな展開は。 「んだんだ。遠くの親類より近くの隣人ってやつだぁ。 昔から言うべや、袖の触れ合うも多少の縁、てな」 「で、あんちゃん、親父と喧嘩でもしたんか?」酔っ払いは何度も同じ質問をする。 「いえ、実は人を探してまして」 「コレか」おっさんが小指を立てた。まわりがドッとはやし立てた。 「憎いわね、この色男っ」シナを作ってみせるおっさんたちに鳥肌が立った。 「で、どんな女よ?」だから違うって。 俺はポケットから長門の写真を取り出した。 「こっちの、髪の短いほうなんですが」 「どれどれ見せてみい。おおっ!えらくベッピンじゃねえかよ」 見せろ見せろと、おっさん達の間で写真の取り合いになった。 俺にはそれが女に餓えたケモノの群れのように見えた。頼むから破らないでくれよ。 サンちゃんと呼ばれたおっさんが俺の目をまっすぐに見つめて言う。 「あんちゃん。ワシは女を見る眼はないが、人を見る目はある。 この二人、どっちを選ぶかであんたの人生は大きく変わる」 このおっさんは神がかったことを言う。どっちを選ぶって、なにを選ぶんだ?。 もう歳も暮れ、寒風が吹き付ける大阪のガード下、電車が通るたびにガンガンと耳が鳴る一角で、 妙に若いホームレスが混じった酒宴が賑やかだった。 こっちの世界に来てはじめて何かの暖かさを感じた気がする。 おっさんたちの、酒臭い息にまじった苦労話を聞きながら俺はうんうんと生返事をした。 それからどうなったのか、記憶があやふやだ。 ただ、まわりの風景がぐるぐる回りだしたところまでは覚えている。 ---- -[[長門有希の憂鬱Ⅰプロローグ]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ一章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ三章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ四章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰおまけ]] ----